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《樺沢の訳書》No.10

サクライ 上級量子力学〔第Ⅰ巻〕輻射と粒子 (2010/4)

J.J.サクライ (著), 樺沢 宇紀 (翻訳)

 

単行本: A5判, xii+230ページ

出版社: 丸善プラネット

発行日: 2010/4/20

ISBN-10: 4863450478

ISBN-13: 978-4863450479

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サクライ 上級量子力学〔第Ⅱ巻〕共変な摂動論 (2010/4)

J.J.サクライ (著), 樺沢 宇紀 (翻訳)

 

単行本: A5判, vi+192ページ

出版社: 丸善プラネット

発行日: 2010/4/20

ISBN-10: 4863450486

ISBN-13: 978-4863450486

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◆ 原書

 J. J. Sakurai,

 Advanced Quantum Mechanics,

 Benjamin/Cummings(Addison-Wesley), 1967.

 ISBN: 0-201-06710-2

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原書 底本

◆ 概要

 量子力学上級編の教科書として、長年親しまれてきた J. J. サクライの名著"Advanced Quantum Mechanics"の邦訳。

 訳書第Ⅰ巻には第1章~第3章を収める。まず第1章で古典的なスカラー場やマックスウェル場を扱うラグランジュ形式を紹介する。第2章では輻射(電磁場)の量子化を行い、レイリー散乱(光子-原子弾性散乱)やトムソン散乱(光子-電子散乱)などを量子力学的に扱う方法を示す。第3章で、ディラックによる相対論的電子論とその応用に関する本格的な解説を行い、章末ではディラック場にも量子化を施して量子場の相互作用の扱い方を論じ、弱い相互作用による素粒子の崩壊過程に言及する。

 訳書第Ⅱ巻には、量子場の共変な摂動論を解説する第4章と付録を収める。相互作用表示とS行列展開の一般論から始めて、具体例としてモット散乱(電子-クーロン場散乱)やハイペロンの崩壊、電子-陽電子対消滅やコンプトン散乱(光子-電子散乱)、核子間相互作用やメラー散乱(電子-電子散乱)などを扱いながら、電子・光子・中間子の伝播関数やファインマン規則、断面積の計算方法などを理解しやすい教育的な形で提示してゆく。章末では量子電磁力学における繰り込み理論を概説する。

◆ 目次〔第Ⅰ巻〕[→ 詳細

 第1章 古典的な場

 第2章 輻射の量子論

 第3章 スピン 1/2 粒子の相対論的量子力学

◆ 目次〔第Ⅱ巻〕[→ 詳細

 第4章 共変な摂動論

 付録 A~E

◆ 訳書中の図面サンプルなど→

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◆ 内輪話

①この書籍に対する訳者の見方

 原書は昔から有名な本で、私も学生の頃に買って(学生の時に読めたわけではないけれども)ずっと持っていた。タイトルの通り、狭義の量子力学を既に習得した学生向けの書籍であり、主として、(1)輻射場(電磁場)の量子論、(2)相対論的電子論、(3)ダイヤグラムを用いた場の量子論の初歩までを扱っている。本書の特徴は、上に挙げた坂井典佑教授による書評において完全に言い尽くされているが、ポイントとして(数理よりも)物理的な観点を強調してあること、および著者独自の物理観が随所に盛り込まれていることが重要であろう。ある意味で"灰汁が強い"部分を好ましく思うかどうか評価は分かれるかもしれないが、私は今でも「名著」と称してよい魅力的な本だと思っている。素粒子の標準理論が確立する前に書かれた本なので、現在ではそのまま鵜呑みにできない記述も含まれるわけだが、訳書ではかなりの分量の訳註を入れて、現代的な認識とのずれが生じないように手当をしたつもりである。

  (特殊)相対論的な時間座標の扱い方として、現在標準的に用いられる x^{0}=ct ではなく、昔は常套的であった  x_{4}=ict  が採用されている。(原著者も文中で念を押しているように、本書では一般相対論を扱わないのだから全く理論上の不都合はない。)この扱い方を記法が古いと言って不平を言う人ような人が、本書を読む必要はないだろう。名著であることは訳者として保証するけれども、この本は、"読者を選ぶ"本であると思う。

②翻訳作業

  翻訳作業は2008年10月に開始し、2009年11月までに、ひと通りの訳出を終えた。初刷り用の最終稿は(おそらく)2010年3月末頃に完成させている。

③出版社との交渉

 ザイマン『現代量子論の基礎』新装版や、ベス『現代量子力学入門』の出版実績を踏まえ、私としては最初から丸善プラネットを使う方針で話を進めた。出版に至るまで、大筋において、特に大きな問題は生じなかった。この件で最初に丸善プラネットに打診をしたのは2009年10月19日。原書出版社に対する翻訳検討権の確保の連絡を12月14日に受けた。訳書製作費見積り(3パターンほど作らせたと思う)は12月22日に受け取った。原書出版社と丸善プラネットの訳書出版条件合意の連絡を2010年1月26日に受けている。

 初刷りは2010年4月20日に出版され、出だしの売れ行きが好調とのことで、7月8日に第2刷の製作を丸善プラネットから勧められた。これに応じることに決めて、7月下旬には第2刷(第Ⅰ巻、第Ⅱ巻)の製作を終えている。

 その後の在庫減少に応じて、第Ⅰ巻の第3刷を2013年3月に、第Ⅱ巻の第3刷を2016年3月に製作している。2018年1月には第Ⅰ巻の第3刷を(内容変更なしで)増刷、2021年1月には第Ⅱ巻の第3刷を(内容変更なしで)増刷した。2022年2月には、第Ⅰ巻の第4刷を製作した。

④日本語タイトルについて

  結果的には、原題 『Advanced Quantum Mechanics』の直訳にあたる『上級量子力学』にした。但し、日本語の物理専門書のタイトルで『上級 ── 』という言葉を用いた先例は(おそらく)存在しておらず、正直いろいろ悩んだが、より良い代案が思いつかなかった。『場の量子論』では明らかに不適切である。『相対論的量子力学』としてしまっては、第2章の内容にはそぐわない。『量子力学特論』というのも考えてみたけれども、講義のタイトルならともかく、書籍名に『 ── 特論』というのも馴染まないと判断して直訳に落ち着いたわけである。結局(今になって考えると)これで良かったと私は思っている。

 

⑤訳語など訳出上の工夫・原書の誤植等の修正

 通常、訳者は原書の数式の書き方を尊重すべきであろうが、あまりに慣行と異なる場合には修正を施したほうがよいと思う。原書ではアインシュタインの E = m c^2 に倣って随所で p c のように基礎定数因子である c を右側に置いて積を書いてある。しかしこのような表記は、この原書以外ではあまり見られない。 m c ^2 という書き方は、これはこれで慣行になってしまっているので m c ^2 のまま(m c も m c のまま)にしたが、p c のような積の表記は、訳稿では c p に変更した。理屈の上で一貫性は損なわれるわけだが、このほうが一般読者にとって読みやすいと判断した。

 術語の訳出も意味・内容が伝わりやすいようにいろいろ工夫してある。原書の"Zitterbewegung"は、大抵の類書では音訳で「ツィッターベヴェーグング(ク)」と訳されるが、こんなカタカナの字面を見せられても、日本語として言葉の意味は何も分からない(と思いませんか?)。「高速微細振動」という訳語をひねり出し、「ツィッターベヴェーグング」とルビを付けておいた。

 また、原書の "two-photon annihilation"  をそのまま「2光子消滅」とすると、確実に誤解を与えることになる。少々煩わしいけれども、誤解が生じないように 「2光子放射型e- e+ 対消滅」 と意訳しておいた。

 原書が書かれたのは、まだクォーク仮説が定着していなかった時期なので、原書にはクォークに関する言及はない。しかし、本文で言及される強粒子に関しては、訳註において、組成クォークに関する最低限の知識を補ってある。(もちろん強粒子の「分類学」を総体的に理解するには、別の文献にあたる必要があるけれども。)

 4.6節において「Bhabha散乱」が扱われている。 電子-陽電子散乱のことを、これを理論的に研究した H. J. Bhabha  に因んでこのように呼ぶ慣行があるわけだが、「Bhabha」をどう読めばよいのか、既存の日本の専門書には殆ど書いていなかった。「ブハブハ」では、何だか違うように私は直感したのだが、さて何と読むか? 朝永振一郎は「ババ」と記しているのだが(岩波文庫『量子力学と私』 所収 「物理学界四半世紀の素描」p.146) これも必ずしもしっくりしない気がした。私は高林武彦(みすず書房『素粒子論の開拓』所収「知的ジャイアント―湯川秀樹」p.108)に倣って、「バーバ」とルビをふることにした。まぁ妥当な判断だったのではないかと思う。培風館『物理学辞典』でも「バーバ」および「バーバ散乱」で項目を立ててある。(H. J. Bhabha はボンベイ生まれのインド人物理学者。1930ー39年にキャベンディッシュ研究所の研究員となり、ヨーロッパで主として宇宙線に関する研究で活躍。その後はインドに戻り、インドにおける物理学の発展に主導的な貢献をしたようである。)

⑥仕上げ、製作不備、自戒・懺悔

 訳書製作作業において、私の責任範囲は基本的にテキスト部分のTeX完成原稿の提出までで、図の貼り込みは丸善プラネットにやらせる形にしていた(貼り込み原稿の最終チェックは私もやるけれども)。通常は図の挿入位置が適切か、傾いていないか等が主な最終確認事項である(これはこれで大変だ)。しかしこのサクライの第Ⅱ巻の初刷り原稿の段階では、こちらの盲点を突くようなとんでもない貼り込みの間違いが丸善プラネットの作業において生じていて、私の最終チェックでもこのミスを見落としてしまった。図4.25 の上下が逆転してしまっていたのだ。p がひっくり返ってd のように見え、qがひっくり返ってbのように見えてしまい、漠然と見ると違和感は強くない。初刷りの3箇月後の第2刷では修正できたけれども。

 また、第Ⅱ巻、4.3節 では 「Poisson 方程式」 という術語が出てくる。これを、訳稿ではタイプミスして「Poison方程式」と打ってしまっていた。「毒・方程式」という珍語になってしまったわけだ。(スペルチェックにひっかることはない。poisonという単語は存在するわけだから)2016年3月に製作した第Ⅱ巻、第3刷で、ようやく修正を施すことができた。

 第Ⅱ巻、4.7節 には、古典電子半径に言及している箇所がある。  原書のこの部分では、それ自体の数値を記していないのだが、訳稿では読者への親切心で、数値を補うことにした。それはよいのだが、指数の符号を間違えて「~3×10^{15}m」と記してしまった。 これでは 0.3光年くらいになってしまう。(「電子」半径としては、凄まじい大きさだ。)これも第3刷で修正してある。そのほか、対称性が「敗れ」ていたり(→「破れ」)、訳註で「p(udd)」になっていたり(→「p(uud)」)。修正したけれども。

 このように、本文で言及のある強粒子の組成クォークに関しては、訳註で最低限の情報を与えてある。しかし弱い相互作用だけが「奇妙さ」の保存を(一般化するなら「香り」の保存を)破ることができるので、「香り」の保存を破るような崩壊反応は崩壊寿命が長く観測しやすいことや、その寿命の長さが、「奇妙な」粒子が見いだされた当時「奇妙に」感じられたのだ、といったニュアンスを伝えるための訳註も加えておいたほうがよかったかもしれない。

 背表紙の「サクライ 上級量子力学」の「サクライ」は、デザインセンスとして極めて情けない出来である。「イ」の寸詰まり感。カバーデザインについては、デザイン会社が作ってよこした案に対して、もちろん私から修正の注文をつけることができるわけだけれども、出版目前の時期の限られた時間の中で見落としなく完全に思い通りの要求を通すことは難しい。いくつか「最低限の」要求だけでだいたい妥協せざるを得ないというのが実情なので、元のデザイン案のレベルが低いと、どこかリカバリーしきれずに不満足な仕上がりになるのは致し方ない。丸善プラネットからの装丁デザインの依頼先が「クリエイティブ・ビーダッシュ」という会社で、結局この会社は私の訳書の装丁をトータル10件担当したわけだが(丸善プラネット扱いのザイマン『現代量子論の基礎』旧版からツヴィーバッハ『初級講座弦理論』まで)、この会社のデザインには、文字の字体や、字の並べ方のセンスがよくないと感じさせられることが多かった。本の制作依頼をする場合、1件につき「デザイン料」として10万円を支払ってきた。10万円というのは、それはたとえば名の知れたアーティストの報酬の規準からは微々たるハシタ金にすぎないだろうが、個人の余技の中で支払う金としては決して少ない金額ではない。こちらもべつに和田誠なみの装丁をやってもらいたいなどと大それたことを望んでいたわけではなかった。文字の字体と並びが、普通にワープロを打って貼りつけるだけのレベルよりも明らかに醜悪だというのは、いくらなんでも・・・と思ったまでのことである。「依頼」をしている部分には、自分としては如何ともしがたい。

 まだ、第Ⅰ巻(第3刷)に残っているテキストの不備について。p.173の真空偏極を説明している部分。 「・・・そうすると負エネルギー電子による電荷分布は自由場の場合とは異なり・・・」となっているが、この文脈で「free-field case」を「自由場の場合」と訳出するのは誤訳である。ここでは「無電場の場合」とすべきであった。(2022年の第Ⅰ巻第4刷で修正済み。)

 上述の修正で、第Ⅰ巻の修正は終わったと思っていたのだけれども、その後、第4刷においても訳の誤りを見つけてしまった。p.3の本文の下から3-2行目「準安定な粒子(寿命10^{-19}sec)」となっているけれども、この文脈における"奇妙な重粒子"(ハイペロン)の正しい平均的寿命は、原書の通りに「10^{-10}sec」とすべきです。もし第5刷を出せる機会が来たら修正したいですね。そういう機会は来ないかもしれないけれども。

⑦特に参考になった文献(リンク は amazon の商品ページ。リンクのないものは古書扱いです)

​ ◈ 戸塚洋二、岩波講座 現代の物理学 10『素粒子物理』(岩波書店1992年)

 ◈ 坂井典佑、物理学基礎シリーズ 10『素粒子物理学』(培風館1993年)

 ◈ 湯川秀樹, 片山泰久編、岩波講座 現代物理学の基礎[第2版]10 『素粒子論

 (岩波書店1978年)

 ◈ 高林武彦『素粒子論の開拓』(みすず書房1987年)

 ◈ 高内壮介『湯川秀樹論』(第三文明社1993年)

⑧外部からの反応・評価について

 たとえば、京都大学大学院工学研究科の「量子化学物理学特論」という講義では、概ねこの本の内容に沿った授業が行われているようである。「参考書」として、この訳書が挙げられている。

 ウィキペディアの「クラマース・ハイゼンベルグの分散式」という項目には、参考文献として、この訳書が挙げられており、「桜井純」(原著者)の項目でも、"著書"の欄に、この訳書への言及がある。「上級量子力学」という邦題は、この訳書によって認知されたと言えると思います。(私が記事を書いたわけではありませんよ。)

 

⑨この翻訳案件からの教訓

 原書は1967年に出版されているので、原書出版から43年を経て訳書出版という形になった。国内の出版社に理系の専門書の翻訳出版の企画を持ち込む場合、出版年が古いものは、まず無条件に却下される。業界の中では、いくら「名著」と言われていようとも、古いものはさほど売れないという先入観があるらしい。そういうわけで、この訳書出版企画は自費出版でしか出せないものだったわけだが、出してみるとそれなりに売れて注目もされた。(③項でも述べたように、出版後3か月で第2刷製作。)やはり古いものは売れないというのは業界の迷信みたいなものであり、本によってケース・バイ・ケース、売れることだってあるのである。

◆「訳者あとがき」再録

 非相対論的な量子力学に関する知識や概念は,すでに物理の専門家だけのものではなくなり,広範な技術分野との関わりを通じて直接・間接に実社会にまで多大な影響を与えるようになっている.一般の理工系学生を対象とした教養課程における教育体制も確立しており,初等的な教科書も様々なものが出版されているので,普通の学生にとって初等量子力学は(最初のうちは途惑うにしても)それほど敷居の高いものではない.しかしその次の段階の内容──輻射場の量子論,相対論的電子論,場の量子論の基礎的手法など──を教育的な観点から本格的に扱った教科書は和書にはあまりないし,物理専攻以外の一般の理工系学生が通常のカリキュラムの範囲内で,このような題材に触れることのできる機会もおそらく多くはない.本書の原書にあたる J.J. Sakurai, Advanced Quantum Mechanics, Addison-Wesley, 1967は,まさにこのような,初等量子力学より一段階上の水準の量子力学を扱った定評のある教科書だが,40年以上の間,訳出されることはなかった.一般の理工系学生にとって,このような水準の題材は依然として敷居の高いものにとどまっているようである.

 本書で扱われる内容が平凡な理工系の学生にとって,かなり高度なものに感じられるであろうことは否めないが(他人事ではなくそう思う),落ち着いて考えてみると,本書で扱われている題材の多くの部分は,我々の日常世界からそれほどかけ離れたものではない.Layleigh散乱は原著者の序にもあるように「空はなぜ青いか?」という素朴な疑問に対する解答であるし,我々は蛍光灯を使う際に(エネルギーは低いにしても)電子を原子に衝突させるということを日常的に行っている.電子のスピン-軌道相互作用(→Thomas項)はもちろんのこと,高速微細振動(→Darwin項)も電子伝播の自己場補正(Lambシフト主要項)も真空の偏極(Uehling項)も,さらには超微細分裂も核子間の相互作用も,日常世界にあるごくありふれた水素原子や水素様原子の中で,起こっているはずのことである.ベータ崩壊のような放射性崩壊を普段意識することは少なくても,放射性同位体は身近な環境の中に微量ながら遍在していて,たとえば炭素14が広く年代測定に使えることなどはそのおかげであるし,人体内部にもカリウム40などの放射性同位体が常にあって(あまり気分のよい話ではないが)毎秒千個程度の原子が体内で崩壊を起こしている.Λ ハイペロンの崩壊でさえも,霧箱による"自然観察"が可能な現象であり,巨大加速器を用いて初めて確認されるような非日常的なものでない.原著者は序文において"現在"では本書の内容が物理を専攻する博士課程の学生全員にとって必須の内容であるべきことを主張しているが,その"現在"から更に40年以上を経た2010年の今日,本書の内容は一般の理工系の学生が日常的な自然科学の基礎として,必須とは言わぬまでも,かなりの程度まで馴染んでおくことが望ましい内容と言ってよいのではなかろうか.

 原著者の Jun John Sakurai(桜井純)は1933年に東京に生まれ,中学校修了時に渡米,その後は米国(ハーバード大学,コーネル大学大学院)で学んだ理論物理学者である.シカゴ大学やカリフォルニア大学ロサンゼルス校で教鞭を取り1982年に49歳で急逝しているが,生前CERNの人々とも親交を持ち,実験の成果によく通じた理論家であったと言われる.本書でも理論を語りながら実験の意義を常に重視し,具体的な現象との関わり合いを読者に意識させようとする執筆姿勢が貫かれている.このような思考様式は物理学者はもちろんのこと,科学技術全般に関わる一般の研究者・技術者が遍く身に着けておくべきものである.先ほども述べたように原書は定評のあるロングセラーであり,独習にも適したテキストなので,実力と余力のある学生はもちろん原書を読むのもよいと思う.しかし英語の本を読みこなすことはやはり普通の学生にとってかなりの負担であり,学生と言えども自由に使える時間は限られているので,学生時代に洋書の専門書を何冊も丹念に読みこなすことは容易ではない.今日,物理の理論に携わる者にとって,本書程度の内容はやはり研究に入るまえの前提として習得しておくべき素養にあたるわけで,早いうちに訳書を利用して,なるべく時間をかけずに本書の内容をひと通り習得しておき,さらに専門的な書籍に本格的に取り組むことに十分な時間を充てたいと考える学生がいても不自然ではないだろう.また実験などで忙しく,理論の洋書を入念に読む時間を捻出するのが困難な工学系の学生や技術者も,多少なりとも訳書を通じてこの水準の内容に触れる機会ができるとすれば,それにも大いに意義があると思う.一個人の余技としての訳出ゆえ,訳稿の仕上がりは必ずしも十全とは言えないかも知れないが,訳者としてはこの訳書が多くの学生や一般の研究者・技術者によって,それぞれの立場から有効に活用されることを望むばかりである.

 今回も訳書の出版にあたり,水越真一氏,戸辺幸美氏ほか,丸善プラネット株式会社の関係各位に世話になった.御礼を申し上げる.

 

2010年3月

茨城県ひたちなか市にて                             樺 沢 宇 紀

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