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《樺沢の訳書》No.9

現代量子力学入門

 −基礎理論から量子情報・解釈問題まで− (2009/7)

D.R. ベス (著), 樺沢 宇紀 (翻訳)

 

単行本: A5判, xviii+291ページ

出版社: 丸善プラネット (2009/07)

発行日: 2009/7/20

ISBN-10: 4863450206

ISBN-13: 978-4863450202

◆ 原書

 D. R. Bes,

 Quantum Mechanics - A Modern and Concise Introductory Course, Second, Revised Edition

 Springer-Verlag Berlin Heidelberg New York, 2007.

 ISBN: 3-540-46215-5

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原書 底本

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原書 3rd ed.

◆ 概要

 本書は正統的で現代的な内容を備えた、新しい量子力学の教科書である。少数の基本原理に立脚した論述方法を採用し、ハイゼンベルク形式とシュレーディンガー形式による定式化を両方とも提示する。応用面においては伝統的に扱われる原子・分子・原子核などの題材の他、量子ドット、走査型トンネル顕微鏡、量子ホール効果、アルカリ原子系のボーズ凝縮実験などの新しい話題にも言及し、量子もつれ・量子情報の基礎概念までを概説する。さらには近年の原理検証実験や解釈問題、量子力学史の紹介を通じて、読者に量子力学全般にわたる幅広い見識を与える。

◆ 目次[→ 詳細

 第1章 緒言

 第2章 量子力学の原理

 第3章 Heisenberg形式

 第4章 Schrödinger形式

 第5章 角運動量

 第6章 3次元ハミルトニアン問題

 第7章 多体問題

 第8章 近似法

 第9章 時間依存性

 第10章 量子もつれ・量子情報

 第11章 量子力学の検証

 第12章 量子力学の解釈問題

 第13章 量子力学の歴史

 第14章 練習問題の略解と定数表

◆ 訳書中の図面サンプルなど→

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◆ 内輪話

①この書籍に対する訳者の見方

 いわゆる「量子力学」は1920年代に一応「力学」として完成したと見なされている。それでも大学に入った理工系の学生にとって「量子力学」はとりわけ"難しい"と感じられるのだけれども、それは数式上の技術的な難しさだけの問題でなく、そもそも量子力学の"位置づけ"が極めて分かりにくいものであるし、そういう観点で必ずしも万人が心底"納得"できるようなコンセンサスが成立していないという事情があると思う。(そんなことはないという研究者もいるだろうけれども、公平に言って、万人がそれに心底から納得しているわけではないだろう。)それに加えて新たな実験技術の進歩もあり、量子力学の色々な側面に対して、量子力学成立当時には想像もできなかったような新たな"照明"が与えられ、その"再確認"を問われ続けながら今日に至っている。

 この本の原書を見たとき、「量子力学」は、私が学生のときに習ったもの(1980年代)とは随分、さま変わりしているところがあるようだという感想を持ったことが、この本を訳出した主たる動機となっている。量子力学成立当初は、「工学的な」量子力学の検証実験など思いもつかない時代であったわけで、たとえば量子情報理論の話題など、私が学生の頃には「量子力学」の教科書の中でお目にかかることは無かった。

 率直に言って、本書は必ずしも初学者にとって馴染みやすい"標準的"な教科書ではないと思うし(訳註などでかなりの不備を補ったつもりではあるが)完成度の高い教科書でもないと思う。しかし量子力学は、単純にひとつの教科書を読めばそれで"卒業"できるという単純な性質のものではないだろう。この書籍は、ある程度まで量子力学を勉強した学生が、自身の理解の仕方をいろいろ反省してみる材料を豊富に含んでいると私は考える。

②翻訳作業

 原書を購入したのは2007年5月15日。手元での訳出作業は、2007年10月末に着手し、翌2008年11月末までに、ひと通りの訳出を終えている。

 

③出版社との交渉

 これは、訳書出版まで、かなりの曲折があった案件である。

 最初、岩波書店に訳書出版を打診している(2008年1月)。当時のやり取りの書類等は残っていないが、編集者Yさんに話を持ちこんだところ、Yさん(この人は優秀なのだが)から若い編集者に話が振られてしまい、ずいぶん煮え切らない対応だった記憶がある。結局、断られたのは4月頃であったと思う。明確な理由・見解を説明してもらうこともなかった。(私は厄介者扱いをされていたのかもしれない。)

 次に丸善出版(Sさん)へ打診をした。これは2008年4月末のことである。Sさんは優秀な編集者なので、それなりの検討をしてくれたとは思うが、やはり訳書出版については、ほどなく断られている。(原書に、積極的に訳書を出したいような"魅力"があるか、ということでは、私としても微妙なところではあったと思う。)

 当時の書類も残っておらず、記憶も定かではないが、この後、シュプリンガー・ジャパンに話を持ちかけたと思う。但し、もはやこの頃には(アンダーソン/アンダーソン『半導体デバイスの基礎』のところで述べたように)シュプリンガー・ジャパンは何も仕事をしようとしてくれない状況になってしまっており、この案件に関する訳書出版の検討も、まともに進めてくれそうな気配は一切なかった。シュプリンガーの結論を待つことはやめて話を引き取ることにした。(この時点から、私としては〔残務を除き〕シュプリンガー・ジャパンに対して見切りをつけるように、方針転換したわけである。)

 その次に、仕切り直しで訳書出版の打診をした先は、まず吉岡書店であった。ひと通りの訳出作業を終えた後のことで、2008年12月ごろだったのではないかと思う。残念ながら、イムリー『メソスコピック物理入門』で世話になった優秀な編集者Kさんは、既に退職・独立して居なくなっており、レスポンスは極めて悪かった。製作費を私のほうで負担するなら(ある種の自費出版)対応してもよい、という話であったが、費用負担はこちら持ちでも、テキストフォーマットなどは吉岡書店側からの指示に従わなければならないという話で、やり難いことこの上無い。結局、こちらから断りを入れて、話を引き取ることにした。

 最終的に、丸善プラネットでの自費出版の形にすることに決断した。おそらく2009年の3月くらいに話を持ちかけ、製作費見積りは2009年4月に受け取っている。丸善プラネットでの話の進め方は、前年にザイマン『現代量子論の基礎』(新装版)を出したことで、だいたい確立していたので、その後は、大きなトラブルは生じなかったように思う。初刷りは2009年7月20日に発行されている。

 

④日本語タイトルについて

 原書タイトルを直訳すると、『量子力学-現代的で簡潔な入門講座』といったところだろうが、これでは、この本の具体的な内容・性格が伝わらないと考えた。本書の内容的特徴を表すキーワードとして「基礎理論」「現代」「量子情報」「解釈問題」を選び、主タイトルとサブタイトルに割り振って、『現代量子力学入門-基礎理論から量子情報・解釈問題まで』とした。「入門」書としては比較的高度な内容であるが、訳題全体としては、内容的にあまり誤った印象を与えない表現になっていると思う(思いたい)。

 

⑤訳語など訳出上の工夫・原書の誤植等の修正

 2.7節 のヒルベルト空間の説明の部分において、 原著者はユークリッド空間との対応関係を示している。それはよいのだが、演算子の対応物として回転変換を挙げているのは、あまり適切ではないと思う。少なくとも説明が舌足らずである。(記述の流れからすると「物理量」に対応する変換が回転だという誤解を与えかねない。)訳註を入れて、説明を補っておいた。

 その他にもテキスト全般にわたり、虚心に読むといろいろ疑問・疑念が生じそうな部分が多々あったので、私なりに読者の便宜を考えて、かなりの分量の訳註を入れておいた。(訳註を重視するかどうかは読者自身が判断すればよい。余計だと思うならば無視するのも読者の自由である。)

 術語の訳出は、なるべく見た目に意味が把握しやすい訳語を考えるようにして、慣用的なカタカナ音訳をルビとして併用する形を採用している。

 " teleportation " → 「遠隔移送(ルビ:テレポーテーション)」

 " decoherence " → 「干渉喪失(ルビ:デコヒーレンス)」

 " pointer states " → 「選別(ルビ:ポインター)状態」

など。

 

⑥仕上げ、製作不備、自戒・懺悔

 p.130 の訳註に、間違ったことを書いてしまった。原子の電子殻の話で、K殻、L殻、M殻・・・が周期律表の周期番号に対応すると書いたけれども、これは誤り。KとLだけはいいのだけれども、たとえばM殻に属する (3d)は、3周期目ではなく4周期目に埋まる。(3d) は (4s)よりエネルギーが高くなるので。(原書の記述が曖昧な場合、読者への親切のつもりで訳註を入れるのだが、これは親切どころか迷惑、むしろ有りがちな誤解の実例になってしまっている。😢)

 また、式(9.50)に1箇所、p.197の訳註に2箇所、μo が出てくるが、これらは正しくは μo^{-1}でなければならない。前者は原書の誤りをそのまま写してしまったもの。後者もそれにひきずられてしまった。

 第10章に「Schor」という人名が出てくる。原書で繰り返し「Schor」と綴られているので、訳稿もその通りにしてしまったが、正しい綴りは「Shor」のようである。量子計算の分野では「Shorのアルゴリズム」など有名すぎるほど有名な題材であって、原著の誤りに気づけなかったのは全くもって不覚である。

 重版の機会があれば、修正したい。その機会が来るかどうか、分からないけれども・・・

 

⑦特に参考になった文献(リンク は amazon の商品ページ。リンクのないものは古書扱いです)

 ◈ 佐川弘幸, 吉田宣章『量子情報理論

 (シュプリンガー・フェアラーク東京, 物理学スーパーラーニングシリーズ2003年)

 ◈ 高林武彦『量子論の発展史』(中央公論社1977年)

 ◈ 朝永振一郎『量子力学(Ⅰ)』第2版(みすず書房1969年)

 ◈ J. Hendry(宜野座光昭・中里弘道)『量子力学はこうして生まれた』(丸善1992年)

 ◈ A. パイス(西島和彦監訳)『神は老獪にして・・・アインシュタインの人と学問』

 (産業図書1987年)

 ◈ A. J. レゲット(高木伸訳)『物理学のすすめ』(紀伊国屋書店1990年)

 ◈ C. ブルース(和田純夫訳)『量子力学の解釈問題』(講談社ブルーバックス2008年)

 ◈ J. グリビン(櫻井義夫訳)『シュレーディンガーの子猫たち』

(シュプリンガー・フェアラーク東京1998年)

⑧外部からの反応・評価について

 あいにく、この書籍に対する評価として顕在しているものはあまりない。特殊な構成を持った本は(運が向かないと)なかなか俎上に載せてもらう機会がない。これは書籍の性質上、ある程度まで仕方のないことだと思っている。

 

⑨この翻訳案件からの教訓

 上の③項で述べたように、本案件は、岩波書店と丸善出版からは断られ、シュプリンガー・ジャパンと吉岡書店に対してはこちらから見切りをつけて、自費出版の形で丸善プラネットから出すことにしたものである。やはり、自分の出したい本を(いわゆる売れ筋の本道ではないけれども文化貢献として)出版社側の企画として通してもらうことを期待しても限界がある。この後、自社で出版を行う普通の出版社に訳書出版企画を持ち込むことはなくなった。

 

◆「訳者あとがき」再録

 量子力学の教科書は,いろいろなタイプのものが出版されており,実際にいろいろなものが必要とされていて,"これ1冊"で済ますことのできる決定版というものはおそらく存在しない.題材の選び方や難易度も様々であるし,そもそも量子力学をどのように捉えるかという根本的な部分においても色々な立場がある.量子力学の教科書として新たに上梓される本書の性格について,訳者の見解を記しておくことにする.

 初学者にとって量子力学が馴染み難い理由としては,数学的な道具立てに付随する表面的な難しさもさることながら,むしろ力学としての体系化の考え方が古典力学の場合と全く異なっているという本質的な問題がある.しかし既存の一般的な教科書からは,このような本質的な部分はなかなか鮮明には伝わり難い.体系化の側面に本腰で取り組もうとするならば,たとえばディラックやフォン・ノイマンの古典的な著作があるが,初学者向けの教科書としては難物に過ぎるし,現在の学生にとってバランスのとれた内容とも言い難い.

 本書では,量子力学における基本原理を,

[1] 物理系の状態とヒルベルト空間内の状態ベクトル

[2] 物理的観測量と状態ベクトルに作用するエルミート演算子

[3] 状態ベクトル・エルミート演算子と測定の結果との関係性

[4] 同種粒子の多体の非識別性

[5] 物理系の時間発展

に関する規定として明示し,大筋においてそれらに基づく演繹的な展開の形で内容を簡明に構成してある.この種の書籍にありがちな過度の抽象的な難解さを抑制し,全体として体系的に見通しのよい概説を与えることが志向されている.この点がまず本書の第1の特徴と言える.

 第2の特徴としては,対象とする題材を原子の問題から量子情報関係まで広範囲の分野から選んであり,応用面において伝統的なものから現代的なものまでを含めた偏りのない内容を含んでいる.古い教科書ではほとんど扱われていない"量子もつれ"に伴う非局所的性質の紹介にも相応の頁が割かれ,近年の原理検証実験への言及もある.

 また基本原理を基調とした記述スタイルには,現実的な実情として存在する多様な考え方が抜け落ちてしまうという欠点がある.量子力学は一応は完成された力学体系であるしても,その受け止め方や背景となる哲学的な部分において様々な考え方があり,微妙な問題が残存している.物理学に本格的に関わるのであれば,正統的とされる概念だけを鵜呑みにするのではなく,やはり物理学は一筋縄では済まないという感覚を併せ持つことも重要である(どのような優れた理論も,本質的には仮説以上のものではない).そのような側面を補うために,本書の最後の方では量子力学の解釈問題や歴史的経緯にも言及してある.主軸となるコペンハーゲン解釈だけで済まさずに,解釈面でも総体的なバランスに一定の配慮がなされている点が,本書の第3の特徴である.

 訳者としては上述の理由から,本書が正統的かつ現代的な新しい量子力学の教科書として有用な1冊となり得るものと考えている.初学者向けの教科書としての使用も可能であるが,すでにある程度まで量子力学の勉強に手をつけている方,ひと通りのことを習得しながら得心できない感覚をお持ちの方々にも目を通していただきたいと思う.本書は多様な水準の読者層から見て,それぞれ読むに値する内容を含んでいると言えるタイプの書籍であるし,訳出作業においても,重層的な関心に応え得る訳稿に仕上げるように努めたつもりである.

 本訳書の出版にあたっては水越真一氏,戸辺幸美氏をはじめとする丸善プラネット株式会社の関係各位に世話になった.御礼を申し上げる.

 

2009年4月

茨城県ひたちなか市にて                             樺 沢 宇 紀

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