《樺沢の訳書》No.8
半導体デバイスの基礎〔上〕半導体物性 (2008/5)
B.L. アンダーソン (著), R.L. アンダーソン (著), 樺沢 宇紀 (翻訳)
単行本: A5判, viii+297ページ
出版社: シュプリンガージャパン
発行日: 2008/5/6
ISBN-10: 4431100288
ISBN-13: 978-4431100287
*2012年に版元が丸善出版に変更。
半導体デバイスの基礎〔中〕
ダイオードと電界効果トランジスタ (2008/5)
B.L. アンダーソン (著), R.L. アンダーソン (著), 樺沢 宇紀 (翻訳)
単行本: A5判, x+391ページ
出版社: シュプリンガージャパン
発行日: 2008/5/6
ISBN-10: 4431100296
ISBN-13: 978-4431100294
*2012年に版元が丸善出版に変更。
半導体デバイスの基礎〔下〕
バイポーラ・トランジスタと光デバイス (2008/5)
B.L. アンダーソン (著), R.L. アンダーソン (著), 樺沢 宇紀 (翻訳)
単行本: A5判, x+318ページ
出版社: シュプリンガージャパン
発行日: 2008/5/6
ISBN-10: 443110030X
ISBN-13: 978-4431100300
*2012年に版元が丸善出版に変更。
半導体デバイスの基礎〔上〕半導体物性 (2012/2)
B.L. アンダーソン (著), R.L. アンダーソン (著), 樺沢 宇紀 (翻訳)
単行本: A5判, viii+297ページ
出版社: 丸善出版
発行日: 2012/1/20 (発売日: 2012/2/29?)
ISBN-10: 462106147X
ISBN-13: 978-4621061473
ダイオードと電界効果トランジスタ (2012/2)
B.L. アンダーソン (著), R.L. アンダーソン (著), 樺沢 宇紀 (翻訳)
単行本: A5判, x+391ページ
出版社: 丸善出版
発行日: 2012/1/20 (発売日: 2012/2/29 ?)
ISBN-10: 4621061569
ISBN-13: 978-4621061565
バイポーラ・トランジスタと光デバイス (2012/4)
B.L. アンダーソン (著), R.L. アンダーソン (著), 樺沢 宇紀 (翻訳)
単行本: A5判, x+318ページ
出版社: 丸善出版
発行日: 2012/1/20 (発売日: 2012/4/20 ?)
ISBN-10: 4621061674
ISBN-13: 978-4621061671
◆ 原書
B. L. Anderson and R. L. Anderson,
Fundamentals of Semiconductor Devices (International Edition),
McGraw-Hill, 2005.
ISBN: 007-124152-3
◆ 概要
本書は半導体デバイスの動作原理と特性を学ぶための実用的・総合的な教科書である.一般の理工系学生を読者として想定し、特別な予備知識を前提とせずに、徹底的に平易なデバイス物理の解説を行う。
上巻では原子と半導体結晶に関する初歩的な概念から説き起こして、半導体におけるエネルギーバンド構造とキャリヤ(電流担体)としての電子と正孔、不純物添加によるキャリヤの導入、電流の生成機構や光学応答などキャリヤの基本的な挙動、不均一な半導体試料における電気的な効果などを論じ、電子デバイスの動作の理解に不可欠な半導体物性の基礎知識を与える。補遺において量子力学の基礎、Hall測定、キャリヤへの温度の影響、フォノンの性質などについても一通り紹介する。
中巻では前半において、半導体デバイスの基本中の基本であるダイオード(主としてpn接合)の動作原理と動作特性について、通常の解説では省かれている誘電緩和過程の検討なども含めた十全な説明を与える。後半では半導体を用いた代表的な3端子素子である電界効果トランジスタ(FET)の動作を、基礎的な長チャネルモデルから説き起こして、 現実的な微細素子の特性に至るまで論じ、CMOS回路やメモリー(記憶装置)への応用についても簡単に紹介する。
下巻ではまずFETと並んで代表的な3端子素子である接合型バイポーラ・トランジスタ(BJT)の基本動作原理を論じた上で、等価回路モデルを用いた解析手法の解説を与える。続いて、フォト・ダイオードと太陽電池、発光ダイオード(LED)、半導体レーザーなどの光デバイスに関する解説を行いイメージ・センサーについても簡単に紹介する。末尾の付録ではウエハ(半導体基板)製造からチップのパッケージまで、通常は半導体デバイス物理の成書において解説されることの少ない製造工程の概説や、状態密度や有効質量の数式的な扱い方に関する補遺的解説も収める。
◆ 目次〔上〕[→ 詳細]
第Ⅰ部 半導体物性
第1章 半導体内部の電子状態
第2章 均一な半導体のキャリヤとバンド構造
第3章 均一な半導体におけるキャリヤの挙動
第4章 不均一な半導体
補遺1A 量子力学入門
補遺1B 半導体物性に関する補足
◆ 目次〔中〕[→ 詳細]
第Ⅱ部 ダイオード
第5章 理想的なpnホモ接合
第6章 一般のダイオード
補遺2 ダイオードに関する補足
第Ⅲ部 電界効果トランジスタ(FET)
第7章 MOSFET
第8章 FETに関する追加的な考察
補遺3 MOSデバイスに関する補足
◆ 目次〔下〕[→ 詳細]
第Ⅳ部 バイポーラ・トランジスタ(BJT)
第9章 バイポーラ・トランジスタの静的特性
第10章 BJTの時間依存特性の解析
補遺4 バイポーラ・デバイス
第Ⅴ部 光デバイス
第11章 光エレクトロニクスデバイス
付録A~G
◆ 内輪話
①この書籍に対する訳者の見方
これは、ダイオード、LED、トランジスタなどの半導体デバイスの動作について基礎的な理解を得るための書籍であり、書籍分類の慣行上では「物理書」ではなく「工学書」である。概して工学分野の教科書は(特に和書では)物理関係の教科書に比べて記述が雑で不親切なものが多いという傾向があるのだが、半導体デバイスの書籍に関しては特にその傾向が顕著であって、私は学生時代以来、ずっと釈然としない気分を持っていた。私は一応、固体電子デバイスのような方面にも多少の関心があって、大学では電気工学科を選んでみたのだが、学習意欲を刺激してくれるようなその方面の書籍にはお目にかからなかった。そもそも基本中の基本であるpn接合についてさえ、心底納得できる説明がなされている書籍は(私の目から見て)見当たらなかった。
この原書を見たとき、初学者向けの半導体デバイスの書籍としてはかなり異例なことだが、途中の議論を飛ばしたり端折ったりすることもなく、初学者のために筆を惜しまず誤魔化さずに書かれている様子だったので好印象を持った。そこで自分でも改めて勉強するつもりで精読して訳出してみることにしたわけである。細部まで読み込んでみると多少の瑕疵もあって、手放しで推奨できない部分もあったけれども、そういう部分は訳書では訳者の裁量で、訳註などを入れて手当てをしてある。半導体デバイスの基礎を、誤魔化さずにきちんと学びたい人(学び直したい人)には、是非とも推奨したい書籍である。
②翻訳作業
翻訳作業を始めたのは2005年5月末で、2007年の6月末頃に、最終稿が完成した。原書は800頁あり、2年以上に及ぶ最も長丁場の翻訳であった。(そのまま順調にいけば2007年秋に出版できていたはずだが、ちょうど脱稿の頃からシュプリンガー・ジャパン側が仕事をまともに進めてくれなくなり、出版は2008年5月まで遅れることになった。次項参照。)
③出版社との交渉
この訳書に関しては、出版に至るまでにやり取りした書類等がほとんど残っていないが、記憶をひもといてみる。とにかく最初から、訳書をシュプリンガーから出してもらうつもりであったことは確かである。おそらく最初に話を持ちかけたのは2005年の前半だったであろう。当時の担当編集者はHさんだったが、彼は優秀で仕事に遅滞のない人だったので、シュプリンガーにおいて訳書出版の方針が通るまで、話が滞るようなことはなかっただろうと思う。2007年の春頃に第1稿が完成してシュプリンガーに引き渡し、訳文チェック業者のチェックが入った原稿が、こちらに戻されたのは(これは記録が残っていて)2007年5月24日のことである。ここまでは問題はなかった。
担当編集者が代わることになるという連絡をHさんから受けたのは、このすぐ後(5月末か6月初めか?)くらいではなかったかと思う。私としては残念であったが、先方の人事とあっては、どうすることもできない。こちらで最終的な原稿修正を施した初刷り用の完成原稿は、後任の担当編集者宛て(本能的に消去したい記憶のため、もはや名前すら忘れている)に引き渡すことになった。これがおそらく6月末頃のことで、前項でも述べたように、それまでのシュプリンガーの仕事の具合からすると、まあ2~3箇月後には訳書出版の運びとなったはずであったが、ここから異常事態が始まることになる。新しい編集者が全然、仕事を進めてくれない。いったいどういう状況になっているのか、ちょっとしたことを訊いても返事は一週間か十日も後になり、しかもピントがずれている。(前任のHさんとの間で決まっていたはずの3分冊案を2分冊に変えよう、など。)担当編集者の上長のほうも、同じくらい(それ以上?)怠惰で失礼であり、まったく埒があかない。原稿は完成しているのに出版作業は何も進めてもらえずに、ずるずると半年も経過してしまった。
本当に、このままでは訳書を出せないという状況を打開するために、シュプリンガー・ジャパンの社長宛に、編集者にまともな対応をさせるように要求する旨の手紙を送ったのは、2008年の年明けごろではなかったかと思う。後日、先方の編集部長のYさん(最初の担当編集者だった人だが、この時点で部長になっていた)から連絡が来て、Yさんのフォローでようやく訳書出版作業が動き始めた。(相変わらず担当とその上長の対応は拙劣であり続けたけれども、とにかく、仕事は前に進むようになった。)初刷りの発行日は2008年5月6日。私の心づもりよりも半年以上は遅れたけれども、何とか出版にこぎつけた。
シュプリンガー・ジャパン株式会社は、その後、会社の事業方針として、2012年年初までに和書出版事業を手放し、丸善出版株式会社に移管することになる。後からの憶測としては、2007年ごろからある程度、このプランに沿ったシュプリンガー社内での組織の組み直しが始まっていて、もう優秀な人的資源を和書出版部門には投入しないという方針になっていたのではないかという気もする。(これはあくまで私の憶測ですが。)
シュプリンガー・ジャパン扱いの期間中に、少なくとも上巻と下巻の第2刷が出されている。この発行日は2009年6月25日。
そして上述のように2012年に、この訳書はシュプリンガー・ジャパンから丸善出版へ移管された。丸善版としての(名目の)発行日は2012年1月20日とされているようである。丸善に移管後にも重版がかかっており、手元で分かる範囲では、上巻第3刷と下巻第2刷が、2012年10月10日発行、中巻第3刷が、2013年12月25日に発行されている。さらに2023年9月に、上巻第4刷、中巻第4刷、下巻第3刷の発行が行われた。
(なお、これは出版社との間の話ではないが)丸善出版への移管後、当然、ネットの各書籍販売サイトにおいて、該当する新たな商品ページが作られたわけだが、紀伊國屋書店ウエブストア、Honya Club、楽天、TSUTAYAオンラインの4箇所では、新たなページに表紙(外観)画像を表示してもらえていなかった。売れ筋でない専門書など、所詮、その程度の扱い方しかしてもらえないものかと思って長らく放置してきたが、2019年5月に思い立って各サイトに画像を表示してもらうように要望を出したところ、対応してもらうことができ、ようやく(今更ながら)書籍販売サイトの主要9箇所すべてで現行版の表紙画像が正常に表示される状態になった。また、表紙画像の欠落以外にも、内容概要紹介の欠落(8箇所)、訳者名の脱落(3箇所)もあり、これらについても修正をお願いしてきた。対応してもらえたところもあるが、いまだにTSUTAYAオンラインでは内容概要紹介も訳者名も載せてくれていないし、eーhonは訳者名を載せていない。(やってもらえてあたりまえのはずのことを、ただ粛々とやってもらうことさえ、随分、困難なのである。)
④日本語タイトルについて
主タイトルは、原書タイトルをそのまま直訳した。訳書は3分冊にしたので、それぞれの巻に、その内容をそのまま示す副題を加えた。
⑤訳語など訳出上の工夫・原書の誤植等の修正
原書の第5章と補遺2に示されているpn接合の蓄積電荷容量と電流の関係式(式(5.116)および式(S2.35))は明らかに誤っている。訳註において正しい式を示し、注意を促しておいた。
また、この原書には、重要な式であるにもかかわらず導出をしていない(そのため読者には物理的含意を理解できない)ところが2箇所あった。ひとつは第5章のバンド間の捕獲準位を介したキャリヤの正味の再結合頻度の式(式(5.87))、もうひとつは第6章の Schottky ダイオードの整流作用の式(式(6.14), (6.15))である。それぞれ訳註を加えて、導出方法を与えておいた。
この本に限らず一般に、半導体デバイスのバンド図におけるキャリヤの描き方は、不適切な慣習によりかかった不正確・不親切な部分があり、そういう事情への言及は全くない(ので真面目な初学者は困惑するはずである)。訳書ではいくつかの訳註において、正しい理解のための勘所となる情報を少し補ってみた。
原書の随所において半導体の薄い単結晶基板を意味する 「wafer」という単語が出てきており、これに対するカタカナ表記はいろいろあり得るのだが、この訳稿に関しては「ウエハ」に統一した。この問題については、デイヴィス『低次元半導体の物理』のページを参照されたい。
付録における節の順序は、訳者の裁量で変更した。これはテキスト部分を前の方に移し、「参照用途」の性質が強い表などを、後ろに移すという意図による。付録Dの末尾に、訳者補遺として、ギリシャ文字の呼称を示しておいたが、ここで示したカタカナ表記の読み方は、あくまでひとつの目安に過ぎない。(これはデイヴィス『低次元半導体の物理』と同様。)
⑥仕上げ、製作不備、自戒・懺悔
全体的な訳書の仕上がりに、大きな問題はなかったと思う。(もちろん多少の細々とした瑕はあって、重版の際に逐次、修正をかけましたが。)
単位「μm」の「μ」に印字に関して、問題が無いとも言えないのだけれども、これについてはイムリー『メソスコピック物理入門』のページを参照。
丸善版上巻第3刷で、まだ残っている不備を挙げておく。
1.2節に、歴史的な原子模型が紹介されており、無核模型の提唱者として「Thompson」の名が出てくるが(3箇所)、これは「p」が余計で、正しくは「Thomson」である。(電子の発見者として知られる、あのJ. J. トムソンである) 原書のミスを気付かずにそのまま訳稿に写してしまったのみならず、御丁寧に「トンプソン」とルビまで振ってしまった。(原書のミスに気付かなかった訳者も悪いけれども、イントロ部分で3回も同じミスを繰り返した原著者も悪い。訳書は2023年の第4刷で修正済み。)
p.287、図S1B.11 の図中に入れてある文字の中で、「フォノンの光学分枝」となっているところは、正しくは(フォノンの)「禁制帯」である。初刷りの制作時に、図中語すべてについて、私から対訳表をシュプリンガーに送って、シュプリンガーが日本語文字の埋め込み作業をやったのだが、これは後から調べてみると私の作った対訳表におけるミスだった。出版後も長らくミスを発見できず、重版時にも放置し続けてしまった。(2023年の第4刷で修正済み。)
下巻の図11.1(p.844)は、原書の図を忠実に写したものである。訳書出版から随分、後になって(16年後)気づいたけれども、この図における「ミリ波」の位置は間違っている。「ミリ波」は1mm~10mmの波長の電磁波であって、この図中では「マイクロ波」と記された所にあるべきである。「マイクロ波」は定義が曖昧で、ミリ波を包含する1mm~1mという、ミリ波を包含するような用法もあるのだが、一方では10mm~1mというミリ波を除いた短波長領域という定義もある。この定義に従うならば、図中で「ミリ波」と「マイクロ波」の位置を入れ換えるのが(ミリよりマイクロが長いということになってしまって感覚的にはヘンなのだけれども)妥当なのだろう。残念ながら、これは修正できずに現在に至っている。
⑦特に参考になった文献(リンク は amazon の商品ページ。リンクのないものは古書扱いです)
◈ S.M.ジィー(南日康夫・川辺光央・長谷川文夫訳)
『半導体デバイス ─基礎理論とプロセス技術─』(産業図書1987年)(原書 3rd ed.)
◈ 御子柴宣夫『半導体の物理』(培風館1982年)
◈ 犬石嘉雄, 浜川圭弘, 白藤純嗣著『半導体物性(Ⅰ/Ⅱ)』(朝倉書店1977年)
◈ 右高正俊, 鈴木道夫著『LSIプロセス工学』(オーム社1982年)
⑧外部からの反応・評価について
大学の、半導体デバイス関係の講義で、参考書として挙げられている例は、ちらほらあるようである。たとえば兵庫大学「材料計測制御工学」、日本大学「半導体デバイスの基礎」、神戸大学「半導体電子工学Ⅱ」など。
ウィキペディアの次に示す項目には、参考文献として、この訳書が挙げられている。
「真性半導体」「不純物半導体」「縮退半導体」「有効質量」「フェルミエネルギー」「有効状態密度」「真空準位」「pn接合」(私が記事を書いたわけではありませんよ。)
⑨この翻訳案件からの教訓
自分のほうでは相手に誠意を尽くして接していても、誠意が伝わらない相手というのは残念ながらいるわけで、それはそれで仕方がない。私には社会的な地位など何もないので、私に不本意なことがいつ起こったところで、全然不思議ではないのだ。それをあたりまえと思って、自分は自分がやるべきことをやり、自分の判断をしなければならない。(この後、シュプリンガー・ジャパンはもはや使い物にならないと、私は判断することになる。)
◆「訳者あとがき」再録
本書は Betty Lise Anderson and Richard L. Anderson,Fundamentals of Semiconductor Devices,McGraw-Hill,2005 の全訳である.内容的には,特別な予備知識を前提とせずに,半導体物性からダイオード,電界効果トランジスタ,バイポーラ・トランジスタ,光デバイスまで,実用的な半導体デバイス(基本素子)の動作に関する基礎的な素養を習得できる構成になっている.頁数が多いので訳出に大変な時間と労力を要し(足掛け3年),途中から息切れ気味の状態が続いたが,なんとか翻訳を終えることができた.
本書の特長は,著者が半導体"工学者"の視点から捉えたデバイス"物理"の基礎を,初学者向けに臆することなく徹底的に論じている点にある.既存の類書は,特に基礎的な部分の記述に関して,入念に読んでも十全なイメージが得られずに不満が残るものが多い.例えて言えば"歪み率"が顕在化しないように総体的な"ダイナミックレンジ"を犠牲にしていて"音楽"そのものがあまり伝わってこないという感じである.しかし実利に近い方の工学の立場では,本質的に高度な数学や抽象論理に深入りしないのだから,理論的に拙い部分も含めて採用しているモデルや仮定を明示できれば,基本的なスタンスに馴染めるかという問題は別にして表面的な内容そのものが伝わり難いということはないはずであって,要は執筆する側の"知的な正直さ"(インテレクチュアル・オネスティ:著者自身の理解の水準を誤魔化さないこと)と,論述の技量と,誠意の問題であろう.書籍というものは多少の拙さや瑕があったとしても,著者の見地が明確に提示され,かつリーダブルであってこそ有効に文化貢献に資することになるものだと思う.訳出にあたって訳者にも"知的な正直さ"と,論述(の日本語による平明な再現・再構築)の技量と誠意が問われることになるわけだが,上記の趣意に則って,"ダイナミックレンジ"を損わずに"歪み率"を下げ,総体的な内容がよく伝わるように心がけた.余暇のほとんど全てを充てて翻訳作業を手がけてきたが,毎度のことながら,どの程度まで意図を達成できているのか当人にはよく判らない.しかし少なくとも国内では,従来にないタイプの半導体デバイスの書籍を提供することになると思う.本書が半導体デバイスに関心を持つ学生や技術者の役に立つことを願っている.
訳書の出版を引き受けていただいた(株)シュプリンガー・ジャパンの関係者の方々に感謝を申し上げる.
2007年10月
茨城県ひたちなか市にて 樺 沢 宇 紀