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《樺沢の訳書》No.11

超伝導の理論 (2010/10)

J.R. シュリーファー (著), 樺沢 宇紀 (翻訳)

 

単行本: A5判, x+263ページ

出版社: 丸善プラネット

発行日: 2010/10/20

ISBN-10: 4863450621

ISBN-13: 978-4863450622

◆ 原書

 J. R. Schrieffer,

 Theory of Superconductivity,

 Addison-Wesley, 1964.

 ISBN: 0-8053-8501-0

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原書 底本

◆ 概要

 BCS理論の提唱者の一人である J. R. シュリーファーが、 自ら金属超伝導の微視的理論と、金属電子系に対する場の量子論をエレガントに解説した名著。緒論に続き第2章~第3章においてBCS理論(対形成モデル)とその応用を解説する。後半の第4章~第8章では多体問題に対する場の量子論の技法を導入して、常伝導金属から強結合超伝導まで、金属電子系全般を扱う上級理論の手法への理解を明快に提示する。

◆ 目次[→ 詳細

 第1章 緒論

 第2章 対形成理論(BCS理論)

 第3章 対形成理論の応用

 第4章 電子 - イオン系

 第5章 多体問題に対する場の量子論の方法

 第6章 常伝導金属における素励起

 第7章 超伝導に対する場の量子論の応用

 第8章 超伝導体の電磁的性質

 第9章 結言

◆ 訳書中の図面サンプルなど→

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◆ 内輪話

①この書籍に対する訳者の見方

 1957年にJ.バーディーン、L.クーパーと共同で金属の超伝導現象を微視的に説明する"BCS理論"を提唱し、1972年にノーベル物理学賞を受賞したJ.R.シュリーファーその人による超伝導理論の"古典的な"優れた教科書。著者の序文によると1961~62年頃に行った講義が元になっているようだ。初めの1/3ほどの部分で狭義のBCS理論までの説明がなされている。その後の部分ではグリーン関数を用いた場の量子論の方法が導入され、南部-ゴリコフ形式を用いた議論までを習得できる。グリーン関数とダイヤグラムの技法に関しては、まず常伝導金属に関する議論から入っているが、この部分の説明も簡潔・明快で素晴らしい。私見ではアブリコソフ・ゴリコフ・ジャロシンスキーやフェッター&ワレッカの本などにおけるグリーン関数の導入部よりもはるかに理解しやすい記述であり、この部分は固体電子論に関わる学生(必ずしも超伝導に主たる関心がなくても)にとって一読の価値があると思う。さらに他にも全体にわたり、原子核や素粒子など固体電子論以外の分野における理論的考察にも示唆を与え得るような記述が豊富に見出されるので(黒木和彦教授も指摘しておられる通り)理論物理に携わる広範な人々にとって有用な教育的「名著」と言ってよいと思う。

(言わずもがなであろうが、本書には高温超伝導に関する記述はない。高温超伝導を扱うにしても、本書の知識は"前提"となるだろう。)

②翻訳作業

  2010年の3月から6月にかけて一通りの訳出を行い、その後1箇月ほどで、手元での校正作業を済ませた。この時期は、翻訳にかなり多くの時間を割いている。初刷り用の最終稿は(手元に直接の記録は残っていないが、おそらく)9月末に丸善プラネットに引き渡した。

③出版社との交渉

 この案件を丸善プラネットに最初に打診したのは2010年6月19日。製作費見積りを6月24日に受け取っている。原書出版社に対しての、訳書出版の検討権確保の連絡は7月9日に受けた。大筋において丸善プラネットとのやり取りは滞りなく進み、初刷りは2010年10月20日に刊行された。

 2012年9月に第2刷の製作を依頼し、10月に製作完了。2022年1月に第3刷の製作を依頼し、2月に製作完了。

 

④日本語タイトルについて

  原書タイトル「Theory of Superconductivity」を、そのまま直訳して「超伝導の理論」とした。(これ以外のタイトルはあり得ないと思います。)

⑤訳語など訳出上の工夫・原書の誤植等の修正

 本書では第5章から、場の量子論の技法(グリーン関数)を用いた議論が始まる。まず 5.1 節で描像(シュレーディンガー、ハイゼンベルク、相互作用)の話が紹介されるけれども、これと、その後のグリーン関数・ダイヤグラム法の部分との関係が、読者には飲み込みにくいのではないかと思われた。そこで訳書では、第5章の末尾に訳者補遺として、グリーン関数のダイヤグラム計算にどのように相互作用描像が関わってくるかという"あらすじ"を加えておいた。(訳者補遺:ダイヤグラム規則の導出方法の概要2ページ弱)

 

⑥仕上げ、製作不備、自戒・懺悔

 第1刷では、上述の訳者補遺の中で「同時刻演算子の縮約はゼロと見なす」と誤って書いてしまった。これは素粒子系の場の量子論と混同してしまったためのミスである。固体電子系を扱う場合、非摂動基底状態はフェルミの海なので、ψ_{s}^{+} ψ_{s} の同時刻縮約はゼロではなく、[電子密度]×(1/2)である。2012年の第2刷で修正した。

 Coulomb相互作用を持つ電子気体の性質を論じている6.1節において、「Lindhard」の名が出てくる。第1刷では「リンハード」とルビをふったが、第2刷ではルビを「リントハルト」に改めた。手元の物理学辞典〔培風館〕では、「ランダムフェイズ近似」という項目見出しの説明文中で「RPAの誘電関数は、リンハードの式とよばれることもある」という記述があり、第1刷はこれに従ったのだが、実は項目見出しとして「リンハード」はなく、「リントハルトの式」を立ててある。たぶん「リントハルト」のほうが慣用的な表記なのだろうと考え直して、第2刷で修正したわけである。

 背表紙は縦書きで「シュリーファー 超伝導の理論」となっているが、「シュリーファー」の字があまり小さくなく、本来のタイトル「超伝導の理論」の部分とのバランスとして頭でっかちな感じになってしまっている。「シュリーファー」の字をもっと小さくして、この部分の縦寸法が「超伝導の理論」の半分以下になるように、デザイン修正を要求すべきだったと後から後悔した。装丁を担当したのは、例の「クリエイティブ・ビーダッシュ」という会社である。背表紙を眺めると、デザインセンスの悪さが光る。(←センスの「悪さ」を光らせて、どういうつもりなんだ?と思う😢)

 以下、第2刷で残っているテキストの不備を挙げておく。

 p.79中ほど、 SIS接合を用いたトンネル実験の話。 訳文は「多くの場合,印加バイアス Δ_l や Δ_r において(・・・)超伝導体間に過剰電流が流れることが示された」となっているけれども、ここは「流れる」ではなく「流れ始める」とすべきである。

 p.94の中ほど、「平衡位置に固定された電子とイオンの相互作用」は、電子とイオンを入れ替えて「平衡位置に固定されたイオンと電子の相互作用」にしなければならない。

 p.189の訳註、「は正準運動量であって力学的運動量ではないので・・・」としているが、「・・・動的運動量ではないので・・・」と修正しなければならない。

​(上記の不備は、2022年の第3刷において修正済み。)

 

⑦特に参考になった文献(リンク は amazon の商品ページ。リンクのないものは古書扱いです)

 ◈ M.ティンカム(小林俊一訳)『超伝導現象』(産業図書1981年)原書 2nd ed.

 ◈ 中嶋貞雄『超伝導入門』(培風館1971年)

 ◈ 恒藤敏彦『超伝導・超流動』(岩波書店1993年)

 ◈ フェッター, ワレッカ(松原武生, 藤井勝彦訳)『多粒子系の量子論[理論編]/[応用編]』

 (マグロウヒルブック1987年)(原書

⑧外部からの反応・評価について

 上述の「第三者による書評」に挙げてあるけれども、日本物理学会誌の新著紹介欄において、黒木和彦 先生から「超伝導理論の教育的名著の邦訳が出版されたことを歓迎したい」と、大変好意的な書評をいただいた。

 また、加藤岳生 先生(東大物性研)は、「シュリーファーの超伝導は長らく理論志望の方にしか原本を薦められなかったのですが、和訳がでて気軽に薦められるようになりました」と、ツイッターでコメントしてくださっている。

 面白いところでは、教育系 YouTuber のヨビノリたくみさんがアップしている、須貝駿貴さんとの対談映像の中で、この訳書の表紙が一瞬、インサートされている。 

 

 さらに、このお二人は「一緒に勉強しよう【雨の音を聞きながら】」という動画も上げているが、その中でたくみさんは、この本の1.2節のLondon理論とGL理論の部分を読んで、内容や記述の雰囲気などについてコメントしている。

(関連するコメントの部分は、0~6分、34~37分、58~60分のあたり。)

一緒に勉強しよう.jpg

 

⑨この翻訳案件からの教訓

 私はこの本を「分かりやすい本」だと思って、分かりやすく訳出したつもりだった。そして上述のように、きちんとした人からは、この訳書に対して肯定的な評価を受けている。しかし、ときどき目に入るネット上のたわいない流言によれば、この本を読んで分かりにくいと感じる若い人もいるみたいである。これだけの名著を分かりやすく訳したものに対しても、好みは人それぞれ、読者によって感じ方の幅がずいぶんあるわけですね。(それは私の力で、どうこうできるものではない。読者自身の問題だと思うが。)

◆「訳者あとがき」再録

 超伝導の理論は,現代の物理学史においてユニークな位置を占めている.超伝導現象の発見から,金属超伝導の微視的な基礎理論であるBCS理論が発表されるまで半世紀以上の年月を要しており,まずはそれ自体が20世紀の量子物理学におけるひとつの頂点と見なされる.狭義のBCS理論は一見アクロバティックで恣意的にも見えるが,複雑な問題の本質的な部分を巧妙に抽出して解釈を与えることに成功しており,このような成功例は多体量子問題におけるモデル構築の方法論という側面において多くの示唆を含んでいると言える.

 しかし,超伝導理論の成功の意義は,凝縮系物理の枠内だけに留まらない.超伝導理論が内包していた"自発的な対称性の破れ"の概念は,南部陽一郎などによって素粒子論にも持ち込まれて広汎な概念として再認識され,宇宙における"真空"の意味を変革することにも結びついた.素粒子論のような立場からは,ともすれば"応用"の分野に見られがちでもある凝縮系の理論から,基礎理論においても不可欠となるような概念が創出されたことは特筆されるべきであろう.原著者J. R. シュリーファーも単なる固体理論の専門家ということではなく,素粒子や原子核も含めた理論物理学全般への関心に基づいた普遍的な方法論への志向を持っていることは,改訂版の序文や本文の特に後半の記述から明確に見て取ることができる.

 本書では第3章までにBCS理論の解説を与えてあり,もちろん理論の提唱者ならではの見識(BCS波動関数の着想の背景に,朝永振一郎の中間結合理論があったことなど)も示されていて含蓄が深く興味深い.しかしむしろ第4章以降は狭義のBCS理論から離れて金属電子系に対する場の量子論の技法を新たに展開し,普遍的な理論的枠組みに基づいて,改めて強結合を含めた超伝導現象の意味を明らかにしている.多体問題に対する場の量子論の技法を説いた定番の教科書には Abrikosovらのものや Fetter & Waleckaなどがあるが,これらの書籍は具体論のための前提となるいささか迂遠な定式的議論の記述が多く,初学者が具体的な考え方を呑み込むに至るまでに,かなりの労力を強いられるようになっている.本書では冗長になりがちな形式的議論にはこだわらず,むしろ具体的な応用に概念的に直結するような解説がなされていて,定番の教科書よりも物理的な含意に馴染みやすいのではないかと思う. Green関数や Dyson方程式,南部形式の導入もそうであるが,特に最後の章において Ward-高橋の恒等式を用いて近似モデルのゲージ不変性を回復し,そこから集団運動モードを導くといった論法などには,分野の枠を超えて興味を感じる人も多いのではないだろうか.本書は単に超伝導に関心を持つ人だけのための専門書ということでなく,理論物理に関心を持つ広範囲の人々にとって,いろいろな意味において教訓を含み,かつ,読みやすい教育的な本であると訳者は考えている.

 今回も訳書の出版にあたり,水越真一氏,戸辺幸美氏ほか,丸善プラネット株式会社の関係者各位に世話になった.御礼を申し上げたい.

 

2010年8月

茨城県ひたちなか市にて                             樺 沢 宇 紀

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