《樺沢の訳書》No.15

初級講座 ループ量子重力 (2014/5)

R. ガムビーニ (著), J. プリン (著), 樺沢 宇紀 (翻訳)

 

単行本: A5判, viii+179ページ

出版社: 丸善プラネット

発行日: 2014/5/10

ISBN-10: 4863452128

ISBN-13: 978-4863452121

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◆ 原書

 R. Gambini and J. Pullin,

 A First Course in Loop Quantum Gravity,

 Oxford University Press, 2011.

 ISBN: 978-0-19-959075-9

◆ 概要

 学部の学生を読者として想定した、一般相対性理論や場の量子論の予備知識がなくても読めるループ量子重力理論の平易な入門書。前半の部分では、準備として特殊相対性理論と Maxwell理論、一般相対性理論の最低限の知識に言及し、拘束系の力学、Yang-Mills理論、場の量子論の要点を概説。本論を扱う後半では、まずAshtekar変数を用いた古典重力理論の正準形式を導入し、ループ表現(スピン・ネットワーク)に基づく背景独立な重力の量子化の基本概念を論じる。さらに応用として、ループ量子宇宙論、ブラックホール・エントロピーやスピン泡などの話題を取り上げ、最後にループ量子重力の現状と課題を概観する。

◆ 目次[→ 詳細

 第1章 何故、重力の量子化を試みるのか?

 第2章 特殊相対性理論と電磁気学

 第3章 一般相対性理論入門

 第4章 拘束条件と正準形式による場の力学

 第5章 Yang-Mills理論

 第6章 量子力学と場の量子論の基礎

 第7章 Ashtekar変数を用いた一般相対性理論

 第8章 ループ量子重力

 第9章 ループ量子宇宙論

 第10章 発展的な話題

 第11章 未解決問題と論争

◆ 内輪話

①この書籍に対する訳者の見方

 「ループ量子重力」は、一般相対性理論の理念に立脚しつつ、量子重力理論の構築を明確な目的に据えている理論的な試みのうちで、いくらか有望視されているもののひとつである。(超)弦理論においては"たまたま"量子重力理論を包含する可能性が見出されたという歴史を考えあわせると、そもそもの出発点の目的意識の持ち方からして、両者の理論は極めて対照的である。残念ながらループ量子重力理論は超弦理論のように派手な"流行"がなく研究者人口も少ないし、通俗解説もあまり書かれていない。このガムビーニ&プリンの原書が出版されるまでは、大学院レベルでも容易に読めそうにないような大部な洋書の専門書がいくつかあるだけであった。

 この原書は学部の学生を読者として想定して書かれたループ量子重力の「教科書」として(おそらく)最初のものであり、原著者(特にガムビーニ)はこの分野の指導的研究者のひとりである。原著者たちは学部学生の水準やカリキュラムに充分に配慮をして、理論の本質を損なわずに、学部の学生にも読破しやすい教科書を書き上げている。私としては、日本語で読めるそこそこしっかりした(ほとんど唯一の)ループ量子重力の入門書として、この訳書を出版する意義も少なくなかったと思っている。もちろん専門的なループ量子重力の文献に取り掛かる前の入門教科書という位置づけで考えてもらってよいわけだが、ループ量子重力に深入りするつもりのない人でも(たとえば超弦理論をやりたいという学生であっても)いまだにまともな理論が成立していない「量子重力」というものに対してどういう観点を視野に入れておくべきなのか、重要な示唆を見出すことのできる本であると思う。

②翻訳作業

 原書を購入したのが2013年6月29日。2013年7月から翻訳作業を開始し、10月までにはひと通りの訳出を終えた。

 

③出版社との交渉

 丸善プラネットにこの案件の打診を始めたのは2013年8月末であり、9月5日には原書出版社に対して訳書出版検討権を抑えたという連絡を丸善プラネットからもらっている。原書出版社からの条件提示が10月末にあり、(おそらく)11月には合意していたのだろう。特に問題が生じることはなく、2014年4月頃に初刷り用原稿を丸善プラネットに送り。5月に初刷りが出版された。

 

④日本語タイトルについて

 ツヴィーバッハの弦理論の本と同様に、「A First Course in ・・・」を「初級講座」とした。

 

⑤訳語など訳出上の工夫・原書の誤植等の修正

 「distribution」の訳語として「超関数」ではなく「分布」を用いている。原語の語感を重視しての私なりの判断であるが、私が長年愛用している『物理学辞典』(培風館, 1986年)の「超関数」の項でも英訳語として「hyperfunction」のみ掲げてあり「distribution」は記されていない。そしてその説明文中で「Schwartzは電荷分布のイメージにより彼の超関数を分布と呼んでいる」書いてあるので、この項の筆者の語感においても「distribution」=「分布」、「hyperfunction」=「超関数」と捉えられているようである。(しかしこの扱い方に関しては批判的意見も少なくないかもしれない。それは私も認識しているつもりである。)

 テキスト中の図については(あまりいい出来だと思えなかったので)原書の図のコピー・貼り付けではなく、TeXの作図機能を使って作り直した。私としては、原書の図よりも見やすい図を作ることができたと思っている。

 

⑥仕上げ、製作不備、自戒・懺悔

 前年に出版したツヴィーバッハ『初級講座 弦理論』製作のとき、最初によこしてきたカバーデザイン案が、(私の目からみて)あまりにレベルが低かったので、丸善プラネットに意見を伝えておいたところ、丸善プラネットはデザイン依頼先を別のところに切り替えてくれた。(新たなデザイン依頼先は「悠明舎」というところ。)今度はかなりセンスのある案を出してくれたので、私としても満足のいく装丁になった。私は、私の訳書の中で、この訳書のカバーデザインが最も優れていると思う。

 ところで、原書の序文の中に Another goal we had in mind was to create a short book. という一文があった。a short book の訳語は「短い本」では不自然なので、私は"薄い本"と訳出した。(同文中には long books という言葉も出てきており、こちらは「分厚い本」と訳しておいた。) 訳書出版後、ネット上で、何となくこの部分を揶揄するようなコメントを見かけたが、当初、その含意がよく分からなかった。その後、調べてみると"薄い本"という言葉が「オタク系の人が自費制作で作る同人誌的な成人向け二次作品雑誌」という意味の隠語として用いられていることが分かった。私にはそういう方面の知識が足りていない(訳者として力量不足)ということになるのかもしれないが、そこまで付き合いきれないな、といのが私の率直な感想である。その方面の関係者の方々には、隠語をつくるのであれば、日常的な言語生活に支障を及ぼさないような、もっと隠語らしい癖のあるものをつくっていただきたく、お願い申し上げたい。

 p.20 には Levi-Civita因子 ε^{μνρσ} の説明として、 「この因子は,μ, ν, ρ, σ 0, 1, 2, 3 の偶置換(0, 1, 2, 3 か 1, 2, 3, 0 か 2, 3, 0, 1 か 3, 0, 1, 2)ならば+1,・・・ 」と書いてあるが、括弧内の記述はもちろん誤り。原書の誤りに気付かずに、そのまま訳稿へ移してしまった。

 107頁の訳註には、少々不適切な言葉遣いをしてしまっている部分がある("滑らかな"変換という概念が適切に明示されていない)。重版の機会があれば修正するつもりだが、当面は、いずれ差し替える予定の適切な文面を以下に示しておくことにする。

「(訳註)つまり,背景独立なスピン・ネットワークの概念は(1)Gauss拘束 → ループ表現(スピン・ネットワーク表現)の導入,および(2)微分同相拘束 → Ashtekar-Lewandowski測度の導入(滑らかな変形によって互いに移行できるネットワークを区別しない)という2段階の手続きによって得られている.(1)はどちらかというと表面的な表示の変更にすぎず,(2)において本質的な概念変更が行われていると見るべきであろう.固定された背景座標の下でネットワーク・グラフを考えるならば,同じトポロジー的構造を持つグラフからでさえ無限の可能性が出てきてしまうが(場の量子論における発散はそういう性質のものである),ここで話を逆転させて,グラフの"構造"("滑らかな"変形しか許容されないので純粋なトポロジー以外の"構造"情報も少々含まれるが)こそがむしろ空間の本質であると捉え直し,背景座標が含んでいる潜在的な自由度を大幅に削ぎ落としていることになる.」

⑦特に参考になった文献(既存の訳語など)

 ◈ 吉田伸夫『明解 量子重力理論入門』(講談社2011年)

 ◈ L. スモーリン(林一訳)『量子宇宙への3つの道』(草思社2002年)

⑧外部からの反応・評価について

 ウィキペディアの「ループ量子重力理論」の項目において、他の書籍とともに、この訳書も挙げられている。(私が記事を書いたわけではありませんよ。)

 

⑨この翻訳案件からの教訓

 私としては、内容的に非常に面白い本だと思うのだけれども、「弦理論」と比べると売れ行きは随分少ない。やはり流行の内と外という感じだろうか。まぁ、売り上げ自体が活動目的ではないので、そういうことも受け入れているけれども。

 

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