《樺沢の訳書》No.2

多体系の量子論 -技法と応用- (1999/6)

A.M. ザゴスキン (著), 樺沢 宇紀 (翻訳)

 

単行本: B5変判, viii+273ページ

出版社: シュプリンガー・フェアラーク東京 (1999/06)

発行日: 1999/06/26

ISBN-10: 4431708324

ISBN-13: 978-4431708322

*2012年に絶版、新装版に切り替え。

多体系の量子論〔新装版〕 (2012/11)

A.M. ザゴスキン (著), 樺沢 宇紀 (翻訳)

 

単行本: A5判, x+267ページ

出版社: 丸善プラネット

発行日: 2012/11/25

ISBN-10: 486345144X

ISBN-13: 978-4863451445

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◆ 原書

 A. M. Zagoskin,

 Quantum Theory of Many-Body Systems - Techniques and Applications,

 Springer-Verlag New York, 1998.

 ISBN: 0-387-98384-8

◆ 概要

 物性論のための多体の量子論、すなわち主としてグリーン関数を用いた場の量子論の凝縮系への応用を平易に解説した教科書。絶対零度の形式から有限温度の松原形式、非平衡を扱うKeldysh形式、超伝導を扱う南部-Gor'kov形式までの解説を含む。量子ポイントコンタクトやトンネル接合などの電子デバイス的な応用例を取り上げながら、場の理論の手法の多様な技法を新しい視点を加味しつつ要領よくまとめてある。

◆ 目次[→ 詳細

 第1章 基礎概念

 第2章 絶対零度のGreen関数

 第3章 種々のGreen関数とその応用

 第4章 超伝導に対する多体理論の方法

◆ 第三者による書評(敬称略)

・〔原書書評〕日本物理学会誌 1999年1月号: 高根美武(大阪市大)

◆ 内輪話

①この書籍に対する訳者の見方

 これは、グリーン関数法の物性論への応用を扱っている書籍である。昔から、このジャンルの定番教科書とさてきたのは、アブリコソフ・ゴリコフ・ジャロシンスキーやフェッター&ワレッカ(の訳本)だったが、私がザゴスキンの原書に目を付けた頃(原書を購入したのは1998年5月だったようだ)にはフェッター&ワレッカの訳本は絶版、アブリコソフらの本もかなり入手困難になっていたような記憶がある。また、これら定番本はもちろん良い本なのだが、頁数も多く、取っつきやすい本とは言えない。このジャンルの多少は軽めの日本語の本が、ひとつあってもよいだろうと考えたことが、本書を翻訳対象の候補に挙げた主たる動機である。そのほか、メソスコピック系への応用も意識して書かれており、非平衡を扱うケルディッシュ形式の紹介も含んでいるところが、当時としては新しい部分と言えたと思う。

 内容以外の側面としては、既にザイマンの本の訳書出版が、原書出版年の古さのために思うようにいかないことを私が経験しつつあったために、原書出版年が1998年と当時新しい本だったという点も、訳書出版の戦略上、有効に働くことが期待された。

②翻訳作業

 手元での翻訳作業は、1998年5月(つまり、おそらく原書購入直後)に始めている。6月に出版社(シュプリンガー・フェアラーク東京)とコンタクトを開始しつつ、並行して翻訳を続けた。全体の一次訳は2月に完成。また訳者補遺として、BCS理論の簡潔な紹介を執筆し、「付録B」として追加した(12頁)。初稿(LaTeXのdviファイル)を提出したのは1999年3月23日であった。シュプリンガーが訳文チェック業者に初稿のチェックさせた校正原稿が戻り、それを踏まえた最終稿(旧版)は5月23日に提出した。

 新装版のための訳稿の全面見直しは、2011年の夏頃に行ったように記憶している。

③出版社との交渉

 原書の版元が Springer-Verlag New York ということで、まずは同系列の日本支社であるシュプリンガー・フェアラーク東京(株)に訳書出版を打診することにした(編集企画部Yさんが応対)。最初のコンタクトは1998年6月23日に行っている。この時点で手元では第1章までの訳出を終えていたが、電話でYさんと話をした上で、序文と目次だけの訳出と、内容の簡単な紹介をFAXで送った。翻訳検討権の確保が8月、そして出版企画の決定は1998年9月10日付のメールで私に知らされている。上述のように、翌1999年3月に完成した訳稿を提出。その後、シュプリンガー側の編集(というか製作準備)作業のほか、原著の誤りの訂正や、私が書いた付録の掲載許可を得る(ために英訳したものを用意して送らせる)などいろいろあり1999年6月末(奥付記載の発行日26日)に最初に私の訳書出版第1号として出版された。企画の持ち込みから出版に至るまでの私とシュプリンガーのやりとりを見返してみると、シュプリンガー側も当時はまだ物理書の訳書出版の実績がそれほどなく、お互い手探り状態で随分面倒でまわりくどいやり取りをやっている。また、シュプリンガー側からすると、翻訳の実績のない私を信用してよいかどうか、かなりの疑念を持ってもいたようだ。(実際、シュプリンガーは、おかしな持ち込み企画に応じたために、被害を被ったという経験もしていたようである。)幸い出版直後の出だしの売れ行きは好調で、4箇月後の10月には増刷第2刷が出ることになった。

 シュプリンガー・フェアラーク東京(株)は、2006年8月にシュプリンガー・ジャパン(株)に社名変更があったが、この時は特に状況の変化はなかった。

 売れ行きは、この種の本としてはなかなか好調であったが(初刷の4箇月後には第2刷を出すことになり、この頃からシュプリンガー側も私を信用してくれるようになったと思う)、出版から10年以上を経ると、さすがに売れ行きは細ってきので、ザイマン『現代量子論の基礎』の例と同様に、訳稿を全面的に見直して完成度を上げた新装版を出しておきたいと考え始めた。(丸善プラネットを利用した訳書出版のノウハウは2008年のザイマン『現代量子論の基礎(新装版)』から、2011年のカダノフ/ベイム『量子統計力学』までの6案件の出版経験を経て、充分に把握できていた。)シュプリンガー・ジャパン版は絶版にさせて、丸善プラネットへと訳書版権を移行させなければならないという煩わしい事情があったわけだが、2011年8月頃から両者へ打診を始め、話を進めさせようとした。しかし丸善プラネットの原書版権元との訳書版権の交渉がさっぱり進んでくれず、どういうことかと思っていたら、11月に、シュプリンガー・ジャパンは和書事業から撤退して2012年から権利を丸善出版に移管するという話が背後で進んでいたことが判明した。そういう大きな話との絡みで、単独に翻訳権を移すという話は先送りになっていたらしい。

 改めて丸善プラネットと丸善の間で連絡を取らせ、この書籍(ともうひとつ、ストーン『量子場の物理』もだが)に関しては丸善でなく丸善プラネットへと訳書版権を移行させるように依頼した。普通なら、原稿が完成した状態で出版を打診すれば、3~4箇月あれば出版できるはずのところ、この新装版に関しては出版が2012年11月25日。最初に丸善プラネットに打診してから15箇月も待たされたことになる。その間、丸善プラネットから、こちらに書籍製作・販売管理費以外にも供出金を出すように要求されるという理不尽なことも起こり、こちらも大赤字必至の条件を飲むわけにいかないから、徹底した反論攻勢を行わざるを得ず、随分消耗させられた。(一時は丸善プラネットと完全に縁を切って別の自費出版の依頼先を新たに一から開拓しなければならないかもしれないとも思い、またそのような依頼先を見出すのは困難であろうと絶望的にもなっていた。)ここで粘らなかったら、このザゴスキン新装版を含め、2011年以降に出たものは(ストーン新装版、ツヴィーバッハ、ガムビーニ&プリン、フィリップス)、訳書として存在することはなっかたかもしれない。

④日本語タイトルについて

  旧版では、全く捻ることは考えず、原題直訳で『多体系の量子論 -技法と応用-』とした。新装版を出す頃には、旧版のおかげで著者の「ザゴスキン」の名前も多少は認知されるようなったと判断して頭に著者名を付け、副題は外して『ザゴスキン 多体系の量子論』という表記にした。

 

⑤訳語など訳出上の工夫・原書の誤植等の修正

 訳し始めて、原書は随分タイプミスが多い本だということに気づいた。旧版初刷り用の訳稿のために、出版社経由で原著者に確認し、訳稿で訂正内容を反映した部分は111箇所あった。

 また、第4章では超伝導が扱われているが、読者が既にBCS理論をある程度知っているものと想定した書き方になっている。この予備知識がない読者のために、③項でも触れたように、訳者補遺としてBCS理論の簡潔な紹介を執筆し、「付録B」として訳書の末尾に加えた。

 旧版出版後の2000年5月、東大の3人の学生(修士課程1年)から、訳書を読んだ上で疑問点を指摘する報告が送られてきたので(レポート用紙手書きの報告。今、見ると時代を感じる)内容を精査して、このとき新たに見いだされた原書の誤り30箇所についても、再度原著者に確認を取った。この結果に関しては、2001年3月に旧版第2刷に正誤表作成・挿入、旧版第3刷の際に版下差し替え修正を行った(2007年?月)。

 新装版作成の際には、再度、訳稿全体を細かく読み直して修正を施した。原書通りの表現の訳出では誤解を招きかねないと懸念される部分を、訳註で断りを入れて少し書き換えるようなこともしている。

⑥仕上げ、製作不備、自戒・懺悔

 旧版の出版は私にとって最初の訳書出版であったので、後から見ると、訳出に関してもLaTeXユーザーとしても、細部の拙劣さは少なからずあった。旧版初刷では1箇所、何故か血迷ってしまって訳註に妙な思い違いを書き込んでしまったところもあり、これは4箇月後に出た第2刷で訳註の記述を修正しておいた。(Green関数の孤立極に関する註釈です。初刷り出版後に誤りに気づいて冷や汗が出ました。)

 新装版では、旧版の判寸がB5変判であったのを、和書の専門書として標準的なA5判に直した。テキスト全体への修正は、文面だけでなく、些末なLaTaX入力のノウハウも投入して修正を施した。また、テキスト中の図面に関して、容易に描画できる図形的ものはすべて原著の図(貼込み)を用いずにLaTeXの作図機能で再現した。テキスト部分も挿入図も、旧版よりも見やすくなったと思う。

 以下、新装版(第1刷)の不備をいくつか示しておく。

 p.85 に「Green関数の簡約定理」 という命題を示してある。 これは現状、ほぼ原書の直訳の文面になっているが、改めて読むと表現が舌足らずで文意が伝わりにくい。重版の機会があれば、次の文面に置き換える予定である。

「Green関数を相互作用表示で表す公式 (式(2.54))の, 分子の摂動級数に現れる非連結ダイヤグラムの部分は,分母全体と同じものであり,約分の結果,分子の連結ダイヤグラムの部分だけが残る.したがって Green関数を,改めて,摂動級数の中に現れる連結ダイヤグラムの総和として定義し直すことができる.」

 p.98の既約な2粒子Green関数の説明の部分。「我々は"非連結に見える"ダイヤグラムによって・・・」は誤り。正しくは「我々は"非連結に見える"ダイヤグラムを除いて・・・」

 p.134の4種類の縮約を示している式(3.103)の直下、正しくは「初めのものは因果Green関数であるが,残りの3つは今まで扱っていないものである.」

⑦特に参考になった文献(既存の訳語など)

 ◈ アブリコソフ、ゴリコフ、ジャロシンスキー(松原武生ほか訳)

 『統計物理学における場の量子論の方法』(東京図書1987年)

 ◈ フェッター、ワレッカ(松原武生・藤井勝彦訳)『多粒子系の量子論(理論編/応用編)』

 (マグロウヒルブック1987年)

 ◈ リフシッツ、ピタエフスキー(碓井恒丸訳)『量子統計物理学』(岩波書店1982年)

⑧外部からの反応・評価について

 この訳書は、この分野の日本語で読むことのできる本として、最も認知されている本のひとつと言えると思う。たとえば「東大院生が薦める物理の教科書」というサイトで、筆頭に紹介されている。

 渡辺悠樹 先生(東大・物理工)には、本訳書に関してツイッター上で、

🎤学部3,4年生の時に第二量子化の手法をこの本で勉強したのを覚えています(当時は青い表紙でしたが)。Fetter-Waleckaも原書で読み進めていましたが、内容的にも言語のハードルという意味でもこの訳書が度々助けてくれました。

という、ありがたいコメントをいただいた。

 また、松尾 衛 先生(中国科学院大 Kavli ITS)には、ツイッター上で、

🎤ザゴスキン(樺沢さん訳)「多体系の量子論」は、非平衡グリーン関数法 (Keldysh形式) を使って輸送現象を学べるとても貴重な本です。私の研究で最も重宝している樺沢さん訳本です。院生の時にレプトン生成やバリオン生成を Keldysh形式の量子運動論で扱うCalzetta-Huらの論文の解読が捗りました。

🎤現在スピン輸送現象の研究で、ザゴスキン(樺沢さん訳)が大変役立っています。  

等々、一連の好意的なコメントをツィートしていただいた。また松尾先生は、解説論文「スピン流はめぐる」(サイエンス社『数理科学』2019年1月号所収)において、非磁性/強磁性界面のスピン流の話題との関連で、この訳書を参考文献として挙げてくださったほか、G. Stefanucci and L. van Leeuwen の本の書評記事(日本物理学会誌2018年10月号新著紹介欄)の中でもKeldysh形式を扱った書籍として、この訳書に言及してくださいました。

 ウィキペディアでは、「第二量子化」「グリーン関数(多体理論)」「ケルディッシュ形式」という項目において、参考文献として、この訳書が挙げられている。(私が記事を書いたわけではありませんよ。)

 

⑨この翻訳案件からの教訓

 このようなタイプの専門書の翻訳を出しても、評価を受ける機会はほとんどない。かなり自分自身が疑心暗鬼になったりもするけれども、そういうことはこの仕事では当然と思って受け入れなければならない。この訳書の例でいえば、出版後18年ほど様子を見ながら待ってみた結果、ようやくこの訳書の出版にも多少の意味があったのかなという気分になれたけれども、元々そういうことがいつか起こるという保証もないわけだ。

⑩余録

 この訳書の製作過程では、原著者A. M. Zagoskin と(出版社経由で)比較的多くのやり取りを行ったが、原著者はこちらに対して随分、好意的であったと思う。

 ◈ 訳者補遺としてBCS理論の概要を書いた付録B(の英訳)に対する原著者のコメント。

 I think it is clear, concise and agrees with the spirit of the book.

 I am grateful to Dr Kabasawa for this nice contribution.

 ◈ 原著者の依頼で序文の末尾(2刷以降)に加えた言葉。

 I greatly appreciate the excellent work done by Dr Kabasawa in making this book accessible

 to the Japanese reader, and am grateful for the opportunity to speak to this audience.

 ◈ 原書 2nd edition(2014年)の序文末尾。

 My special thanks to Dr. Uki Kabasawa, who translated the first edition of this book to the

 Japanese, and whose questions and helpful remarks contributed to improving the book you hold.

◆「訳者あとがき」再録(旧版)

 本書はA. M. Zagoskin著"Quantum Theory of Many-Body Systems:Techniques and Applications"(Springer-Verlag New York, 1998)の全訳である.
 場の量子論の方法の物性物理への応用を扱った専門書は1960年代以降多数出版されており,海外で定評が確立した主要なものは国内でも翻訳が出されてきた.従来のこの種の本では,主として平衡状態もしくはそれに近い状態のバルクや流体の性質だけが論じられてきたが,本書の特徴は,微細な構造を持つ系(メソスコピック系や超伝導接合など)も対象として取り上げ,非平衡状態までを含む全般的な解説をしている点にある.すなわち電子デバイスの加工技術を背景とした近年までの電子物性論の発展を適度に視野に入れながら,現在において最低限必要と考えられる場の量子論的手法の基本事項を要領よくまとめた構成になっており,今後電子物性論に携わる大学院生や研究者のための手頃なテキストとして,広く役立てていただけるものと考えている.

 専門書の翻訳という仕事は所詮二流の研究者の仕事だという説もあるが,基礎をおろそかにしている三流の研究者に優れた翻訳はできないこともまた事実であろう.理論物理の専門書などは特にその傾向が強い.そしてやはり有用な専門書が訳されて出版されることは,大局的に見てその研究分野の発展のために望ましいことであると訳者は考える.本書の翻訳作業は訳者一人が全責任を持って行った.もとより,訳した当人に公平な客観評価ができるものではないが,おおむね原文に比べて遜色のない訳文になったのではないかと思っている(原著者の諒承を得て相当数の数式の誤植を修正したので,その点では原著より読みやすくなっているはずである).また第4章の導入部の記述を補足するため,訳者補遺として初等的なBCS理論の説明を付録Bにまとめておいたが,この内容については原著者から "nice contribution" を感謝する旨のコメントを得た.本書が物性物理を真摯に学ぼうとする学生や研究者の一助となることを期待したい.

 本翻訳は,元々訳者の個人的な趣味として着手したものであったが,幸いシュプリンガー・フェアラーク東京株式会社のスタッフの方々より,御理解と御尽力を賜わり,出版物として世に出ることになった.同社に対し御礼申し上げる.また翻訳を行った期間を含むこの2年半の間,訳者は(株)日立製作所電子デバイス製造システム推進本部に所属して,研究者にとっては目新しい数々の経験をする機会を持ったが,今顧みると間接的に翻訳業の役に立った経験も少なくなかったように思う.社内の組織改編に伴い,同部署の名称や人員構成も訳者の業務も来月から変わることになるが,この間ともに同部署に在籍した同僚諸氏(特に五十嵐正文,仙石正行,仲田義広の三氏)およびこの期間に仕事上深く関わった(株)日立製作所 熱器ライティング事業部の方々(特に稲田暁勇,恒川助芳両氏)に対し,この場を借りて感謝の意を表したい.

 

1999年3月

東京にて                                    樺 沢 宇 紀

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