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《樺沢の訳書》No.1

ザイマン 現代量子論の基礎 (2000/6)

J. M. ザイマン (著), 樺沢 宇紀 (翻訳)

 

単行本: A5判, x+301ページ

出版社: 丸善プラネット

発行日: 2000/6/30

ISBN-10: 4944024835

ISBN-13: 978-4944024834

*2008年に絶版、新装版に切り替え。

ザイマン 現代量子論の基礎〔新装版〕 (2008/9)

J. M. ザイマン (著), 樺沢 宇紀 (翻訳)

 

単行本: A5判, x+265ページ

出版社: 丸善プラネット

発行日: 2008/9/20

ISBN-10: 4901689975

ISBN-13: 978-4901689977

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◆ 原書

 J. M. Ziman,

 Elements of Advanced Quantum Theory,

 Cambridge University Press, 1969.

 ISBN: 0-521-09949-8

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原書 底本

◆ 概要

 J. M. ザイマンによる上級量子論入門書のロングセラー"Elements of Advanced Quantum Theory" の邦訳。初等量子力学を習得した学生が関心を持ち始める各種の話題 ―― 第二量子化、ファインマン・ダイヤグラムとグリーン関数、多体問題、相対論的量子力学、有限群および連続群の物理への応用 ―― を独自の構成の下で明快に解説している。現代物理の総合的な見地に基づいて素粒子論的な話題と物性論的な話題を均等に扱い、読者を上級量子論に現れる諸概念の本質へと導くための"親身の案内"をしてくれる名著である。

◆ 目次[→ 詳細

 第1章 ボーズ粒子

 第2章 フェルミ粒子

 第3章 摂動論

 第4章 グリーン関数

 第5章 多体問題

 第6章 相対論的形式

 第7章 対称性の数理

◆ 第三者による書評(敬称略)

ブログ「とね日記」:2019年3月18日

◆ 訳書中の図面サンプルなど→

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◆ 内輪話

①この書籍に対する訳者の見方

  原著者J.M.ザイマンは物性論が専門の研究者(乱れた系の研究が有名のようだ)で、年輩者にとって有名な教科書として、ザイマン(山下次郎、長谷川彰)『固体物性論の基礎(第2版)』(丸善1976年)などもある。しかし本書においてザイマンは自分の専門分野から大幅に越境して、物性論と素粒子論の両方を視野に入れて、上級理論の諸概念の基礎を"親身"に"案内"している。(ザイマン自身が勉強しながら書いた本で、そのあたりの事情は著者の前書きから分かる。)内容的に十全で自己完結した「教科書」というより「副読本」的な位置づけの書籍であり、また原書の出版は1969年で、素粒子系関係の話題などには古い部分も当然ある。しかし読者がそのような本書の性格を念頭に置いて、より専門的な本へ進む前の誘い水というつもりで目を通すという前提で考えれば、なかなか独自で有益な本だと言ってよいだろう。教養課程の学部生や、物理を専門的に学ぶ学科以外の学生にとって敷居の高い話題の敷居を多少低くするというのが、この本の役割である。この本と"同じタイプの本"は、和書にはないと思う。

②翻訳作業

 私の手元にある原書の日付メモを見ると、購入日は1996年12月3日になっている。神田の三省堂本店の洋書売り場で購入したように記憶している。翌年まで手元で眺めるうちに、自分で翻訳してみたいという気分になり、1997年8月から翻訳を始めて、同年12月には、とりあえずの一次訳を終えている。(結構早い。でもその後にも、たっぷり手間がかかっているのだけれども。)

 新装版のための全面改稿は、(記録は残っていないけれども、おそらく)2008年の春から夏にかけて実施している。

 

③出版社との交渉

 出版社に対してどういうアクションをしたかについては、書類等をほとんど残していないので、以下うろ覚えの部分が多々あるのだが、まず1998年1月早々に、試しに丸善(株)出版事業部に持ち込んでみたように記憶している。Sさんという女性編集者が応対してくれて、丸善からの訳書出版を"検討"してもらえることになった。3月末にSさんから、最終決定はまだだが、出版する方向で動きたいとの旨を伝えられ、同時に原稿のTeX化をするように依頼された。(当時私はTeXを知らず、何とWordで原稿を作成していたのだ。)TeXの初歩をかじって悪戦苦闘しながら正式決定を待っていたのだが、4月の(たぶん)20日頃に連絡があり、丸善出版事業部内の最終会議で、この案件は落とされたという。原書出版年の古さが嫌われたらしい。(一旦は、脈がありそうな様子だったので、この予想に反する結果を聞かされて、ひどく落胆しました。)

 その後もちろん、他に出版を引き受けてくれる出版社を探して、いろいろな出版社に話を持ちかけてみたけれども、ことごとく断られ続けた。詳しい経過は忘れているけれども、丸善の次に話を持ち込んだのは、岩波書店(Yさん)だったと思う。あと(順不同で)吉岡書店(Kさん)、シュプリンガー・フェアーク東京(Yさん)、講談社サイエンティフィク、培風館に話を持ちかけて断られたことは記憶に残っている。まぁ講談社も培風館も、ほとんどマトモな応対をしてくれませんでしたけれども。(他にも数社、あたったような気がする。共立出版?産業図書? あと、阪大出版会にも声をかけてみたけれども、会の方針には合わないということで、ほとんど門前払い状態でした。)

 結局、この本に関して"出版社の自社企画として"出版を引き受けてくれることが無いらしいと諦める気になったのは、1999年の前半くらいのことだったろうか。それでも折角、訳したものは出版しておきたいと思い、この訳書の案件に関しては、初期投資を自分で持つ自費出版の可能性を探ろうと考えた。まず試しに、総合雑誌に本づくりの募集広告を出しているような"出版社"1社と話のやりとりをしてみたが、製作費がむやみに高く赤字前提でしか出版できないことが判り、止めざるを得なかった。そして、その当時、別の検討中案件にからんで丸善のSさんから教えてもらっていた、丸善の子会社で自費出版を請け負ってくれる丸善プラネット(株)に話を持ちかける気になったのが11月だったようだ。11月末までに製作費見積りをもらい、12月7日に正式な製作依頼を出している。1月末までに最終原稿のLaTeXファイルを私から提出し、それから2個月程度で出版できるという予定であった。しかし当時の丸善プラネットのレスポンスはいちいち遅くて、随分頑張ってフォローアップしなければ全然、前に進まないような状態であった。4月上旬にようやく原書版元のケンブリッジ・ユニバーシティ・プレスから訳書版権が取れて、製作作業を何とか進めさせて、6月末にようやく(旧版の)出版となった。このように"自費出版"であっても、原稿さえ用意すればほとんど話が済むというわけではなく、全然、楽ではないということをたっぷり経験したわけである。この訳書は、翻訳作業の順序としては最初であったが、1999年6月には既に、2番目に訳したザゴスキン『多体系の量子論』をシュプリンガー・フェアラーク東京から出版していたので、訳書出版の順序としては、結果的に2番目のものになった。

 5~6年ほど(おそらく販売元である丸善の営業はさほど注力してくれなかっただろうと推察されるが)ぼちぼちそれなりに売れてくれた。しかし2007年にはもはや販売部数が伸びなくなり、丸善プラネットから販売を終了したいとの打診を受けた。在庫はまだ残っており、私としては潜在的な需要がまだあるはずだと思っていたので不満ではあったが、私から丸善の営業に販促をやってもらう手段もなく手詰まりだったので、その申し出はやむなく受け入れることにした。その代わりに訳稿を全面改稿した新装版を出して仕切り直しをして、テコ入れを試みた。(旧版より原稿の完成度を上げるとともに、新規出版扱いの形で再び営業に動いてもらうという意図)。まず(そのときまでには私としてもシュプリンガーからの5点の訳書出版の実績があったので)シュプリンガー・ジャパンに話を持ちかけたが断られた。そこで再度、自費出版の形で、丸善プラネットから新装版を出すことにした。新装版は2008年9月に出版した。

 新装版第1刷は2015年までに大方売れて、2016~2018年には著しく品薄(実質的には絶版のような状態)になっていた。重版を出してもうまく商品として市場を動いてくれるか危ぶまれたため3年間躊躇していたわけだが、いろいろな状況を勘案して腹をくくり、2019年初めに丸善プラネットに重版第2刷を制作させた。第2刷の制作完了日(発行日)は2019年1月31日。その直後は(案の定と言うべきか)なかなか速やかに流通が始まらなかった。そもそも最初は販売元の丸善出版が受注・出庫の再開してくれるかすら不透明な状態であったが、同年2月下旬には、なんとか各書籍販売サイトに出回る状態になった。

 

④日本語タイトルについて

 原題は Elements of Advanced Quantum Theoryであるが、そのまま直訳的に『上級量子論の基礎』では、「上級」と「基礎」が相互矛盾しているような感じがして、私としてはしっくりこなかった。また「上級量子論」という言い方も必ずしも慣用的なものではなかった。かといって、あまり原題とかけはなれたタイトルをつくるのもうまくいかないような気がしたので、苦し紛れで「上級」を「現代」に置き換えて『現代量子論の基礎』にすることにした。「現代」というわりには古い部分もあるではないかという批判もあり得ることは承知しているけれども、「――の基礎」という言い回しと併せることで、何とか許容範囲の用法と言ってよいと考えた。私としては最善の選択であったと思っている。

 

⑤訳語など訳出上の工夫・原書の誤植等の修正

 著者の序文で書かれているように、原著者も勉強しながら書いた"案内書"的な本なので、説明が十全でなかったり、不適切であったりする部分もないわけではなかった。私なりに出来得る範囲内で関連書籍にあたって記述内容を確かめて、訳註を補ったり、訳註で断って部分的に記述を変更した部分もある。修正メモを残していないけれども、原書の誤植等も皆無というわけではなく、そこそこの分量の修正箇所があったはずである。数式や記号の表記方法を慣用的なものに改めたりもしている。(四元勾配記号:∇→∂など。)

 序文において原著者は、量子論のイメージを「ziggurat」(古代メソポタミアにおいて神殿として造られた階段型ピラミッド)に例えている。「ziggurat」のカナ表記は「ジッグラト」だったり「ジグラット」だったりするようだが、ここでは研究社新英和中辞典に従って「ジグラット」としておいた。ウィキペディアの記事によれば、英語圏では「ジグラット」に近い発音で呼ばれているらしい。

 本文中で随所に 「self-consistent」 という術語が出てくる。これは、既存の物理書の慣行に倣って「自己無撞着」 と訳出しておいた。  (国語辞書的には、おそらく「自 ”家” 無撞着」のほうが正しいのだろうが。)

 

⑥仕上げ、製作不備、自戒・懺悔

 何しろ旧版のほうは、あらゆる作業が慣れない手探り状態だったので、当時の私としては最善を尽くしたとはいえ、出版後、書籍としての総体的な完成度には不満が残る部分もあった。TeXによる数式入力の際の、ささいだけれど便利なノウハウなどは、当時、まったく持ち合わせていなかったわけである。(その割には、よくやれている、とも言えるかもしれないが。)

 2008年の新装版は、版面の全体的な完成度(見やすさ)は随分改善されたと思う。但し改稿作業は片手間で急いでこなしたので、細かい部分まで充分に目が行き届かず、瑕の残った部分もある。(斜体と立体の区別の誤りなど。)また、 式(3.134) として挿入されている図が、 上下が逆さまになってしまった。(丸善プラネットの作業ミスだが、私も校正原稿のチェックで、このミスを見落としてしまった)2019年の新装版第2刷では、それらの部分に修正を施してある。

 以下、新装版第2刷でも残ってしまっている瑕疵を、いくつか挙げておく。

 p.89、式(3.122)の右辺、「G´」のプライムは余計だった。これは私のミスである。(賢明な読者の方々には、式(3.123)と見比べて察していただけると有難いのだが。)

 p.94に出てくる太字のは3次元ベクトルではなく、”エネルギー”成分を加えた4元量として用いられている。つまり=( px,py,pz,\cal{E} )、=( qxqy,qz,ω ) という意味である。原書の表記にそのまま従ったものであるが、本書の中でもこの部分だけに採用されている特異な表記法なので、この点について訳稿に訳註を加えておいたほうが親切であったと思う。(通常、これらの4元量は、太字ではない斜体文字で表記される。)

 4.13節 のボルン級数の解説のところで、 最初、散乱ポテンシャルの意味でが出てくる。しかしながら式(4.141)のところから、2mV/ħ^2 を改めてV と置き直してあって、テキストではそのことに言及がない。これは原書の記述をそのまま訳してこうなっているわけだが、訳註を入れないのは不親切と見るべきだろう。(新装版第2刷までそのまま放置してしまっている。)この原書は、全般的にこういう類の箇所があって、訳しているときに気づいた部分はいろいろ手当してあるのだけれども、すべて細部まで完璧に確認しているわけでもないので、こういう不備はどうしても残る。重版の機会が来れば、今度は訳註を入れたい。

 p.175 のローレンツ不変性の説明のところで 「運動量-エネルギー4元ベクトルやミンコフスキー速度は・・・狭義のローレンツ変換の前後では各成分とも不変である」などと書いてしまっているが、これは初歩的な、情けない訳出ミスである。正しくは「ローレンツ変換によって,運動量-エネルギー4元ベクトルやミンコフスキー速度の各成分は変わるが,対応する成分の間の比例関係は変わらない」である。(言い訳になるけれども、ザイマンの原書の文章は、多少、含みを持たせたような表現が多いので、内容を充分慎重に考えずに逐語訳的な発想で訳出しようとすると失敗します。そういう表現が随所にあります。)

 他にも残念ながら、普通の読者が見れば自明な細々としたミスはいくつかあって、重版の機会があればそれらも修正したいと思う。その機会が来るかどうかは分からないが。

 

⑦特に参考になった文献(リンク は amazon の商品ページ。リンクのないものは古書扱いです)

 原著にはレファレンスがなかったということもあり、翻訳の際に私が参考にした和書に関しては、ほとんどすべて巻末に「参考文献(訳者補遺)」として記しておいた。

A 場の理論入門

 ◈ 武田暁『場の理論』(裳華房1991年)

 ◈ 高橋康, 柏太郎『量子場を学ぶための場の解析力学入門』(講談社2005年)

 ◈ 高橋康, 表 實『古典場から量子場への道』(講談社2006年)

 ◈ 朝永振一郎『スピンはめぐる ─成熟期の量子力学─』(みすず書房2008年)

B 量子電磁力学・素粒子物理

 ◈ 湯川秀樹, 片山泰久編、岩波講座 現代物理学の基礎10 『素粒子論(第2版)

 (岩波書店1978年)

 ◈ ベレステツキー, リフシッツ, ピタエフスキー(井上健男訳)『相対論的量子力学1』

 (東京図書1969年)

 ◈ リフシッツ, ピタエフスキー(井上健男訳)『相対論的量子力学2』(東京図書1973年)

 ◈ 中西襄『場の量子論』(培風館1975年)

 ◈ 横山寛一、物理学選書『量子電磁力学』(岩波書店1978年)

 ◈ エイチスン, ヘイ(藤井昭彦訳)『ゲージ理論入門(I/II)』 (講談社1992年)

 (原書 Vol.1Vol.2

 ◈ 九後汰一郎『ゲージ場の量子論()』(培風館1989年)

 ◈ 藤川和男、現代物理学叢書『ゲージ場の理論』(岩波書店2001年)

 ◈ 高林武彦『素粒子論の開拓』(みすず書房1987年)

 ◈ 高内壮介『湯川秀樹論』(第三文明社1993年)

 ◈ 益川敏英『いま,もうひとつの素粒子論入門』(丸善1998年)

 ◈ 渡邊靖志『素粒子物理入門 基本概念から最先端まで』(培風館2002年)

C 凝縮系物理と場の量子論

 ◈ アブリコソフ, ゴリコフ, ジャロシンスキー(松原武生, 佐々木健, 米沢富美子訳)

 『統計物理学における場の量子論の方法』(東京図書1970年)(英語版

 ◈ フェッター, ワレッカ(松原武生, 藤井勝彦訳)『多粒子系の量子論[理論編]/[応用編]』

 (マグロウヒルブック1987年)(原書

 ◈ リフシッツ, ピタエフスキー(碓井恒丸訳)『量子統計物理学』(岩波書店1982年)(英語版

 ◈ 高野文彦『多体問題』(培風館1975年)

 ◈ 高橋康『物性研究者のための場の量子論I/II』(培風館1974年)

 ◈ 小泉義晴『量子物理学とグリーン関数 講義・演習ノート』(現代工学社1987年)

D 固体物理各論

 ◈ ザイマン(山下次郎, 長谷川彰訳)『第2版 固体物性論の基礎』(丸善1976年)(原書

 ◈ キッテル(堂山昌男監訳)『固体の量子論』(丸善1972年)(原書 2nd. rev.

 ◈ 松原武生編、岩波講座 現代物理学の基礎 7 『物性I』(岩波書店1973年)

 ◈ 中嶋貞雄編、岩波講座 現代物理学の基礎 8 『物性II』(岩波書店1972年)

 ◈ 西村久『基礎固体電子論』(技報堂出版2003年)

E 相対性理論

 ◈ 内山龍雄『相対性理論』(岩波書店1987年)

 ◈ ディラック(江沢洋訳)、ちくま学芸文庫『一般相対性理論』(筑摩書房2005年)

 ◈ 藤井保憲『時空と重力』(産業図書1979年)

F 群論と物理学

 ◈ バーンズ(中村輝太郎, 澤田昭勝訳)『物性物理学のための群論入門』(培風館1983年)

 ◈ 小野寺嘉孝『物性物理/物性化学のための群論入門』(裳華房1996年)

 ◈ 犬井鉄郎, 田辺行人, 小野寺嘉孝『応用群論 ─群表現と物理学─ (増補版)』 (裳華房1980年)

 ◈ 吉川圭二、理工系の基礎数学9『群と表現』(岩波書店1996年)

 ◈ 佐藤光、パリティ物理学コース 物理数学特論『群と物理』(丸善1992年)

⑧外部からの反応・評価について 

 松尾 衛 先生(中国科学院大 Kavli ITS)は、ツイッター上で、

🎤サクライ「現代の量子力学」を読んだら「上級量子力学」(こちらも樺沢さん訳)と並行してこのザイマン(樺沢さん訳)「現代量子論の基礎」を読むのがオススメ。物性分野での場の量子論の使用方法がよく分かり、文献読んだり人の発表を聞くのがラクになりました。

等々、一連の好意的なコメントをツィートしてくださっている。

 

⑨この翻訳案件からの教訓

 書籍の翻訳は初めてであったし、何もかも手探りであったけれども、とにかく難産の末、出版までこぎつけ、そこそこ売れたという経験は、後々のため具体的に役立った部分もあるし、精神的な支えにもなった。但し、これは専門書の自費出版が金銭的にいかに厳しいものかを、思い知らされた案件でもあった。(旧版は、製作費を最後まで回収しきれず、最終的に2万6千円の赤字を残して会計を閉じる形になった。)何件も連続して、製作費の回収見込みが全く不透明な状態で、自費出版をやり続けるということは、当初のころの私にとってはリスクが大きすぎると感じざるを得なかった。そこで当分の間、出来るだけ出版社側の訳書出版企画として通りそうなタイプの原書の翻訳に注力することにした。この方針は、2008年まで続くことになる。

◆「訳者あとがき」再録

 J. M. ザイマン は物性物理の理論家であるが,"Electrons and Phonons"(Oxford U.P. 1960)や"Principles  of the Theory of Solids"(Cambridge U.P. 1972) などの固体物理の教科書の著者としても有名である.膨大な題材の中から限られた話題を適切に選択してテキストを編み上げる彼の手腕には卓越したものがあり,多くの研究者がその恩恵に浴してきた.そのザイマンが物理系の大学院生を対象とした上級量子論の講義内容をもとにして1969年に上梓したテキストが,本書の原著,

"Elements of Advanced Quantum Theory"(Cambridge U.P.)である.

 教科書の執筆者としてのザイマンの優れた資質はこの本においても遺憾なく発揮されており,独自の構成を持った魅力的なテキストに仕上がっている.物性論と素粒子論がほぼ均等に扱われている点がこの本の際立った特長であり,表現は控えめながら序文においてもこの点に関する原著者の野心的な意図がうかがわれる.しかし大学院における"標準的な"カリキュラムとの非整合性が災いしたためか,冒頭に挙げた同じザイマンの固体物理関係の本に比べると,教科書として十分な評価を得るには至っていないようである.また同じ頃に素粒子系の上級量子論の入門用テキストとして書かれ,現在でもよく使われている J. J. Sakurai, "Advanced Quantum Mechanics"(Benjamin 1967)などと比べても,知名度の点で劣ることは認めなければならないだろう.しかしこのザイマンの原著も  '60年代末の初刷以降,'70年代に1回,'80年代に2回,'90年代に2回増刷されているところを見ると,コンスタントに読まれてきた本であり,さほど目立たぬながらそれなりのロングセラーであると言えないこともない.

 訳者は1996年に書店の店頭でこの原著を見つけて初めてその存在を知ったのだが,量子力学を学んだ学生の視野に入り始めてくる各種の話題──湯川中間子論,グリーン関数とファインマンダイヤグラム,多体系・凝縮系における量子論的手法,相対論的量子論,有限群および連続群の物理への応用など──の平易な入門的解説がバランスよく取り上げられており,非常に魅力のある本に思えた.もちろん  '70 年代に入る前に書かれたものであるために,執筆された当時とは違って今現在の先端的なトピックスからは内容的にある程度の隔たりがあるが,基礎的な事項を扱う教科書の価値は,最先端の題材を扱う専門書のそれとは別に評価されてよいと思う.本書の内容は20世紀物理の中心部分を構成している上級量子論の基礎事項を,素粒子論と物性論の双方を視野に入れて概説した教育的なテキストとして,現在の視点で見ても極めてユニークで優れたものと言ってよい.また大学における初等量子力学の教育体制が十二分に確立し,量子力学の知識が広く普及した今日の状況をみると,物理学科以外の理工系学生の“教養”のためにも,この種の本が必要となってきているのではないかという気がする.そこでこの優れた本の存在を学生達に広く知ってもらいたいと考え,翻訳を思い立ったわけである.

 翻訳書の出版に関してはいろいろと紆余曲折があり,訳者が初めて原書を手にしてから足掛け5年を経てようやく出版の運びとなった.訳者はその後,他にも物理書の翻訳を手がけており,すでに先に出版されているものもあるが,最初に訳出した本書の刊行には個人的にいささかの感慨を持たないでもない.最終的に出版に携わっていただいた丸善プラネット(株)矢野皓氏と,助力をいただいた丸善(株)出版事業部佐久間弘子氏に御礼申し上げる.また,現在訳者が所属する(株)日立製作所 計測器グループの戸所秀男氏,石谷亨氏,間所祐一氏,武藤博幸氏をはじめとする多くの方々に対しこの場を借りて感謝の意を表したい.

2000年1月

茨城県ひたちなか市にて                             樺 沢 宇 紀

 

追記:本書は1997年から98年にかけて手元で訳出を行い,2000年に出版した『ザイマン 現代量子論の基礎』の新装版である.訳者が現在までに手がけた物理書の翻訳物は10点に及ぶが,『ザイマン』は最初に手がけた翻訳として最も愛着がある反面,当初訳者が組版ソフトLaTaXの扱いに習熟していなかった事などから版面の完成度としては少なからず不満の残る点があった.一昨年来,品薄状態になって書籍の流通からほとんど姿を消したこともあり,ここで改めて訳稿全体に手を加え,新装版として世に送り出すことにした.原書の出版からは随分と時を経ているが,訳者は現在でも本書が上級量子論の入門書として独自の教育的な価値を保持し続けているものと判断している.新装版の出版に携わって頂いた丸善プラネット株式会社の水越真一氏に感謝する.

 

2008年7月

茨城県ひたちなか市にて                             樺 沢 宇 紀

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