top of page

《樺沢の訳書》 前置き

   by 樺沢 宇紀(かばさわ うき) 

訳書出版年図表.png

 まずは、上に示した、私の訳書の出版年をまとめた図表を眺めてみてください。翻訳作業を行った順番に①~⑯の番号を付けて、それぞれの訳書の出版時期を、表紙画像の位置で示しています。

(私の人生の大半を凝縮させたような図表なので、くっきりと綺麗な高精細表示にしたいのだけれども、残念ながら、私にはそういうノウハウがわからない。自分なりにいろいろやってみても、さっぱりうまくいきません。😢)

 私は個人的な余技として、1997年に物理書の翻訳(洋書の和訳)を手元で始めて2015年までに16冊を訳出し、それらを訳書として逐次出版してきました。私の年齢としては32~50才の期間の活動ということになります。(1冊の例外を除いて)主として大学の学部上級から大学院修士課程の学生が対象となる専門書を手掛けました。分冊しているものもあるので、訳書の書籍数としては21点を世に送り出したことになります。

 このサイトは、私が物理書の翻訳の際に考えたことや、翻訳作業および訳書出版のために経験したことを改めて自分で省みて、その内容を記録・紹介しておこうという趣旨のものです。こんなサイトをつくって公開したところで、客観的な意義があるのかどうか判りません。しかし、物理専門書の分野でこのような纏まった量の翻訳出版活動をした経験を持つ人は、私以外にあまりいないことも確かです。したがって希少というか、珍奇な記録として多少の意味もあるかもしれません。

 当サイトでは、各原書(翻訳した順序でNo.1~No.16.上の図表では①~⑯)毎にページを割り当ててあります。ページ上部中央の[Homeに戻る]で戻ってから関心のあるページへのリンクボタンを選ぶか、もしくはページ上部左右の[←][→]で順次ページをめくって閲覧してください。(ただしモバイル用画面では、[←][→]ボタンを省いています。)

 本当はここで、大局的にいろいろなことを、まとめて考察しておきたいところです。私が翻訳活動を始めるに至った(個人的な動機までを含んだ)背景、理工系の書籍や物理専門書の出版を取り巻く状況とその推移、専門書の翻訳の文化・文明的な価値と位置づけ、私の翻訳作業や翻訳業に対する心構え、そして私自身が私の物理書翻訳者としての資質・能力や、私が手掛けてきた長期にわたる持続的な物理書翻訳出版活動の意義をどのように評価しているのか、等々。しかしこれらの話を包括的に整理して論じることは、遺憾ながら私の乏しい能力では、著しく困難で収拾がつかなくなりそうなので、当面このようなことは棚上げにしておきます。しかしながら、とにかく私としては、多少なりとも世の中の役に立つことをやっておきたいという気持ちで翻訳を手がけてきたつもりです。そして現在も、これらの訳書の供給が途切れないように、ささやかながら煩わしい日常的な手元作業を継続していますし、今後も私の最低限の健康が続く限り、そして微力ながら私の力が辛うじて書籍流通に通用し続ける限りは供給を維持してゆくつもりです。もちろん私が手がけた訳書を買う・買わないの判断は完全に購買者側の自由に任せられているわけですが、私としては、国内で物理学に関心を持つ多くの方々に、今後も私が手がけた訳書を(その存在を認知いただいた上で)各人それぞれの立場に応じて有効な形で役立てていただけることを、衷心より願っています。

 さて、ここからは、折角なので(・・・というのは、こういう話を書き残す人はほとんどいないと思うので、あるいは資料的にも多少の意味があるかもしれないと思いつつ)敢えて少々、愚痴っぽい話を述べておきます。

 

 私の経験に基づいて、専門書の翻訳がどういう仕事かを要約すると、

  (1)儲からない。(赤字案件もあってあたりまえ)

  (2)蔑まれる。(ネット上での匿名者による誹謗中傷はあたりまえ)

といったところでしょうね。

 ここで、私が気に入っている自虐ネタをひとつ。

樺沢訳.jpg

 次ページ以降の各訳書の紹介記事の中でも言及してあるとおり、私の翻訳活動を肯定的に捉えてくださる専門家の方々は確実にいますし、日本物理学会誌の書評欄「新著紹介」に私の訳書が6回も取り上げられていて(⑦⑩⑪⑫⑬⑯)、それぞれの訳書が肯定的に評価されているというのも、あまり他には類例のないちょっとした実績だと私は考えています。しかし一方で、ネット上をちょっと探せば、私の訳書に対する(無責任な人々による、お気楽な)誹謗・中傷・揶揄の発言はいくらでもあります。たとえばアマゾンで掲載されているレビューなど(低レベルのレビューを淘汰する仕掛けが全然ないので)酷い内容のものも少なからず目につきます。言論の自由ということの価値は認めるにしても、残念ながらそういう迷惑行為は実態として悪影響があるんですね。さらには、一般のウエブ閲覧者にコメントすら書かせずに評点だけをつけさせるようなことを許容するサイトもあり、何の遠慮もなく論拠も示さずに低い評点をつけてくるような人も少なからずいて、ネット環境はますますそのような匿名者による迷惑行為を助長させるような構造になっています。ああいったものは、一定程度は、自らの承認欲求を満たされていない人々が欲求不満解消のハケ口として使っているという性質があるわけですが、それに対する有効な対抗手段はありません。良心的な仕事をやろうとする人間にとっては辛いところです。(私は訳稿作成にあたって、常に読者に対して「親切」でありたいと考えてきました。こういうことは、分かる人には分かるようなのだけれども、分からない人には絶対に分からないみたいです。実は、訳書を誉めるというのは、その本をきちんと読みこなす力量がある人において初めて可能なことです。原書を誉めて訳書をけなすということのためには、知的力量はほとんど必要ありませんし、揚げ足を取られる心配もほとんどありません。)

 ひとつだけ、あまり世間で認識されていないと思われる事実を指摘しておきたいと思います。それは、私が翻訳出版を手掛けた結果として現在存在している訳書は、もし私が手掛けなかったならば、真っ当な日本語の訳書として世の中に存在しなかっただろうということです。たぶん、分別の足りない人々は、これらの訳書はあってあたりまえだと思っていて、これらを生み出す側の苦労や、これらが存在することの有難みなど、ほとんど考えないのでしょうが。(そもそも私は、大学で、理学部物理学科とか、それに類するような学科での本式の物理教育を受けていない。正規の物理教育を受けた方々が手がけた著書・訳書が日本の書籍流通市場において充分に出回っていたならば、私ごときが敢えて手を出そうとは思わなかったはずなのです。そういう状況ではなかったので、私が手をだすことになりましたが。)

 私の訳書が価格が高いと批判する人もいるみたいだけれども、私は採算度外視のボランティアとして、私の能力において可能な限り誰にも迷惑をかけないようにと心がけて、この仕事をやってきました。(例えば私が丸善プラネット株式会社に委託して自費出版したものが15件ありますが、それらに関して私が丸善プラネットに今まで支払ってきた書籍製作費その他の費用の総額は〔2024年現在〕約3700万円です。もちろん捨て金というわけではなく、売上に応じた資金回収はあるわけですが、投資金額を回収できる保証はなく、実際に赤字案件もあります。普通、薄給のサラリーマンがやれることではないと思いますが、訳書を世に出すためには私自身がリスクを負うしか無かったわけです。)私は自分の訳書を誰かに買うように強要したことはありません。ひとつの選択肢として私の訳書を買うという選択肢を提供しただけです。原書を買って読みたい人は原書を買って読めばよい。訳書を買いたくない人は買わなければよい。その自由は何ら制限されていません。

 日本で専門書を手掛ける出版社が、積極的に自社で訳書出版を企画するということはまずありません。大抵の出版社は原書出版社への版権支払を嫌います。岩波書店でさえ、ファインマン物のような例外を除けば理工系の訳書出版には冷淡です。(最近は若干様子が変わってきた部分もあるかもしれませんが、少なくとも私が翻訳をやっていた2015年頃までは、理工系専門書の訳書を出版社に出してもらうということは極めて困難でした。)また、日本国内の研究者の方々が優れた訳書の出版のために尽力するということも、皆無ではないですが例外的なことです。それは他人が書いた本を訳して出版などしてみても研究者の業績として何の評価の対象にもならないし、金銭的に報われることもほとんどあり得ないという実情からして、必然的なことです。そして原書出版年の古いものは、「名著」という定評があったとしても、訳書出版企画からは確実に敬遠されるという専門書出版業界の慣行もあります。理工系の専門書の分野で「よい本」を翻訳出版したいなどという企画は、ほとんど当事者の自己犠牲のリスク(赤字の危険)の覚悟の上にしか成立しません。私の訳書を批判的に論評される方々には、内容云々を批判する前に、そもそもこの訳書が希少な例外事例として存在していることが、肯定されるべきなのか否定されるべきなのか(そして、これらの仕事を、樺沢程度の人材しか手掛けることのなかった状況を生んでいる日本の専門書の出版界の実情を是認すべきなのかどうか)ということを、よく考察して論じてもらいたい。そして、私を批判したい人は、私以上の仕事を専門書出版の分野で自ら実行して、その結果を踏まえてから批判していただきたいと思います。

(専門書の訳書出版に肩書やコネは関係ありません。自力開拓です。少なくとも私は、私自身がそういう実例になっていると思っています。)

​ あともう一点、追記しておきます。理工系専門書の出版にかかる手間は、出版すれば終わりというわけではありません。放っておけば、販売元が在庫・流通管理を怠り、それを見て小売りサイトが絶版扱いをして「事実上(売れていないので)需要がない」という虚構的な既成事実が形成されてしまうということも起こりがちです。そのようにして、小規模の潜在的需要が続いているにもかかわらず絶版に追い込まれるということは、当然のごとくあり得えることなのです。(ごく一部の例外的な売れ筋の専門書を除き)出版企画者自身が常に流通停滞の兆候を見つけて対処し、同時に少しずつでも潜在的需要を掘り起こす作業を続けなければ、専門書のまともな流通状態を10年以上にわたって維持することはほとんど不可能です。そういうわけで私は、最後の訳書を発行し終えて直接的な翻訳作業から退いた2015年後半以降、

 (ⅰ)毎日、主要な各書籍販売サイトの在庫状況を効率的に確認し、記録を残す。

 (ⅱ)必要に応じて適宜、出版社に流通データを知らせて流通促進を要請し、対応してもらう。

 (ⅲ)本サイトの整備や、ツイッター等の発信を通じて、ささやかな販促活動を持続的に行う。

という体制を徐々に整えるようにしてきました。2020年の年末くらいまでで、一応は最低限の形を作ることができたと思っています。今も、これには毎日少なからぬ時間を費やしており、いわば収入のないような「仕事」なのですが、結局のところ、私しかやる者のいない「社会奉仕」だと思って続けています。自分が最低限の健康と自由を享受できる限りは続けるつもりですが、いつまで続けられるか私には分かりません。このところ、「終わり」は、さほど遠くないかもしれないと考えるようにもなりました。

​ 最後に、私のキャッチフレーズ(相田みつを風)

相田みつを風.jpg

ところで、参考までに・・・

◆私(樺沢 宇紀:かばさわ うき)の略歴

 1988年 3月 大阪大学 基礎工学部 電気工学科 卒業

 1990年 3月 大阪大学大学院 基礎工学研究科 物理系専攻(電気工学分野)前期課程 修了

 1990年 4月 株式会社 日立製作所(入社)中央研究所

 1996年 8月 株式会社 日立製作所 電子デバイス製造システム推進本部

 1999年 4月 株式会社 日立製作所 計測器グループ

 2001年10月 株式会社 日立ハイテクノロジーズ

 2015年 6月 退職

  

◆ 研究をしていた頃の発表論文

 ◈ U. Kabasawa et al.,

 ‘Electric Field Effect on the Al-MgO-YBa2Cu3Oy Structure’,

 Jpn. J. Appl. Phys. 29, L86(1990).

 ◈ U. Kabasawa et al.,

 ‘Catastrophic Local Degradation of YBa2Cu3Oy Epitaxial Film

 Induced by High Electric Field Application’,

 Jpn. J. Appl. Phys. 29, L453(1990).

 ◈ U. Kabasawa et al.,

 ‘Electrical Characteristics of HoBa2Cu3O7-x-La1.5Ba1.5Cu3O7-y-HoBa2Cu3O7-x Junctions

 with Planar-Type Structures’ ,

 Jpn. J. Appl. Phys. 30, 1670(1991).

 ◈ U. Kabasawa et al.,

 ‘Electrical characteristics of HoBa2Cu3O7-x-PrBa2Cu3O7-y-HoBa2Cu3O7-x junctions

 with planar-type structures’

 Physica C194, 261(1992).

 ◈ U. Kabasawa et al.,

 ‘Size Effect on Variable-Range-Hopping Transport in PrBa2Cu3O7-x’

 Phys. Rev. Lett. 70, 1700(1993).

 ◈ U. Kabasawa et al.,

 ‘Superconductor-insulator transition and electric field effect on YyPr1-yBa2Cu3O7-x thin films’

 J. Appl. Phys. 79, 7849(1996).

 ◈ U. Kabasawa et al.,

 ‘Superconductor-insuoator transition and the size effect on transport properties

 observed in ultrathin Y0.9Pr0.1Ba2Cu3Oy films’

 Phys. Rev. B55, R716(1997).

 ◈ U. Kabasawa et al.,

 ‘Electric field effect on the transport properties of ultrathin Y0.9Pr0.1Ba2Cu3Oy channels

 in the insulating phase of superconductor-insulator transition’

 J. Appl. Phys. 81, 2302(1997).

訪問者数(UU)
bottom of page