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《樺沢の訳書》No.3

メソスコピック物理入門 (2000/9)

Y. イムリー (著), 樺沢 宇紀 (翻訳)

 

単行本: A5判, viii+297ページ

出版社: 吉岡書店

発行日: 2000/9/20

ISBN-10: 4842702907

ISBN-13: 978-4842702902

◆ 原書

 Y. Imry,

 Introduction to Mesoscopic Physics,

 Oxford University Press, 1997.

 ISBN: 0-19-510167-7

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原書 底本

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原書 2nd ed.

◆ 概要

 固体電子論の分野では1980年代以降、半導体産業を背景に発展してきた種々の試料作製技術や実験手法と、量子物理の根幹にかかわる理論的考察が多様な形で結びつき、次々に新たな展開が見られるようになった。「メソスコピック物理」はそのような潮流を表す最も重要なキーワードのひとつである。孤立系として扱える微視的な原子や分子と、統計集団の平均化の手法が適用される巨視的な結晶との中間の寸法領域(メソスコピック領域)に属する電子系は、この領域に特有の様々な物理的性質を示す。本書はこの分野の第一人者であるY. イムリーが独自の見識に基づき、メソスコピック物理に重点を置いて現代の固体電子論の要点を概説した新しいタイプのテキストである。固体電子の局在と緩和の一般論、メソスコピック物理の典型的な題材である微細な系の永久電流と量子輸送、量子ホール効果、超伝導メソスコピック系、および雑音の問題を著者一流の観点から論じてある。

◆ 目次[→ 詳細

 第1章 序論

 第2章 量子輸送とAnderson局在

 第3章 位相緩和と電子間相互作用

 第4章 平衡系のメソスコピックな効果と静的特性

 第5章 量子干渉効果とLandauer形式

 第6章 量子Hall効果

 第7章 超伝導メソスコピック系

 第8章 メソスコピック系の雑音

 第9章 結言

◆ 第三者による書評(敬称略)

・〔原書書評〕日本物理学会誌 1999年5月号: 川畑有郷(学習院大)

◆ 訳書中の図面サンプルなど→

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◆ 内輪話

①この書籍に対する訳者の見方

 2001年に米国のビル・クリントン大統領が、国家的科学技術戦略として「ナノテクノロジー」を取り上げてから、この術語が一般に普及するようになったが、1980年代から1990年代にかけて、微細系の新規な物理現象を対象として「メソスコピック」という術語が用いられていた。巨視的(マクロスコピック)と微視的(ミクロスコピック)の中間領域という意味である。半導体の微細加工技術を応用した実験によって顕在化する固体電子系のメソスコピック領域における特異な性質が先端的分野として注目を集めていた。本書の原著者Y.イムリーは、この分野の第一人者と目されていたので、当時としてはかなり注目を集めた書籍であったと思う(原書出版年は1997年)。 但しタイトルに  Introduction (入門)とあるけれども、教養課程でも読めるといったような口当たりの良い平易な本ではなく、主として修士レベル向けの専門性の高い書籍である。

 

②翻訳作業

 原書購入日は1999年2月17日。同年5月に翻訳を開始し、2000年2月にひと通りの一次訳を終えている。ザゴスキンの原書同様、この原書もタイプミス等の多い書籍であり、類書を参照しつつ修正を施しながらの翻訳作業は随分、大変なものであったと記憶する。

 

③出版社との交渉

 この案件は、まず岩波書店へ打診することにした。翻訳開始前の1999年4月には検討依頼を申し入れている。岩波書店の側(編集者Yさん)でも、原著者の知名度もあって、ある程度の関心を示してくれた。あるいは既に他の出版社が訳書版権を抑えている可能性もあるかと思ったが、検討権を抑えてもらうことができて、検討を進めてもらった。しかしながら(1)「同様の(内容の書籍出版の)企画を計画中」である、(2)「入門」書にしては程度がかなり高く、学部3年以下を対象と想定できない、という理由で、岩波書店の企画としては不採用という結果になった。結果を知らされたのは6月上旬である。

 次に、吉岡書店に話を持ちかけた。吉岡書店とのやり取りの記録は、ほとんど手元に残っていないが、おそらく岩波書店からの結果が知らされた直後、1999年の6月中旬には訳稿を送付し、訳書出版の検討を申し入れたのだと思う(担当編集者Kさん)。記憶は定かではないが、奧付記載の発行日が9月20日になっているから、逆算して7月中には出版決定となったのだろう。Kさんから会社に電話で出版決定の連絡が来たような覚えがある。Kさんは非常にレスポンスがよい優秀な方であったが、確か、その後、吉岡書店からは独立されたはずである。

 

④日本語タイトルについて

 原書タイトルをそのまま直訳した。(ただし、「入門」というタイトルではあるが、内容はかなり専門的である。)

 「meso-」の音訳表記を「メソ - 」にするか「メゾ - 」にするか難しいところで、英語では両方とも許容されているようである。「メゾスコピック」とする日本語の文献も多い。しかし「メソアメリカ」や「メソポタミア」などの例から観て、私としては日本語の中では「メソ - 」のほうが定着しているように感じたので「メソスコピック」とした。(音楽で「メゾフォルテ」と言ったりすることも承知しているが、あれはむしろ「メッツォ(mezzo)」ではないか?)

 

⑤訳語など訳出上の工夫・原書の誤植等の修正

 原書は、内容的な価値はともかく、書籍としての完成度としては決して高くはない本であった。むしろ低いと言ってもよいと思う。タイプミスが多いほか、記号の不統一があったり、ħ  を所々省略したりしなかったり、ということもある。訳稿では、関連する文献も参照しながら、私なりにでき得る限りの改善を施し、書籍としての完成度を上げたつもりである。原書の  References にもかなりのミスが散見されたので、確認できるものに関して修正を施した(全702点中62点について修正)。

 専門用語の訳語などは、既存の関連分野の書籍の使用例を参考にして概ね慣用的なものを選んだ。ただし(訳註で断りを入れて)reservoirを「電子溜め」と訳さず「電極」としたのは、他の和書と比べて変則的であったかもしれないが、「電子溜め」という言葉は、実用的・慣用的術語ではないとの判断した。また、「shot noise」の訳語として「ショット・ノイズ」 ではなく 「散弾雑音」を採用した。私の感覚では、前者では本当の意味が伝わりにくいと思う。

 

⑥仕上げ、製作不備、自戒・懺悔

 この訳本に関しては、吉岡書店による出版決定の判断が予想外に早かったこともあり、私自身が、この頃はまだ手元での訳稿の見直し(校正作業)に慣れていなかったせいもあって、ある程度、些末なタイプミスが残ってしまった。今から見るとTeXのノウハウ不足も感じられる版面である。不備は残ったが、それでも原書よりは読みやすくなっていると思うので、容赦願いたい。 

 本文中に、単位として「µm」や「µΩ cm」が出てくる。この「µ」(マイクロ)という単位の接頭語として使う文字も、SI単位系の表記の規定では立体表記にしなければならないらしいのだが、訳稿では斜体にしてしまっている。私はギリシャ文字の字体に立体/斜体の区別があるなんて思っていなかったので、深く考えずに \mu を使っており(「µm」なら $ \mu {\rm m} $)、その後に訳出した本の訳稿でも同じやり方を踏襲してしまっている。(今、私の手元にある活字時代の理工系書籍をあれこれ見直してみても、立体に見える「μ」の印字など見当たらない。そもそも元々、ギリシャ文字の小文字に立体なんてあったのだろうか?)後から原書を見直してみると、やはりマイクロの「µ」に斜体を使っている本もあるのだが(デイヴィスやアンダーソン/アンダーソン)、このイムリーの原書に関しては、きちんとマイクロの µ は立体、変数の µ は斜体と区別してある。訳稿でこれを忠実に再現していないのは、やはり訳者の落ち度というべきだろう。

 また、「術語」と書くべきところを、「述語」と表記してしまっている。(7箇所。すみません。まあ勘弁してください。)

 

⑦特に参考になった文献(リンク は amazon の商品ページ。リンクのないものは古書扱いです)

 ◈ 福山秀敏編 シリーズ物性物理の新展開『メゾスコピック系の物理』(丸善1996年)

 ◈ 岩渕修一 パリティ物理学コース クローズアップ『メゾスコピック系の物理』(丸善1998年)

 ◈ 川畑有郷『メゾスコピック系の物理学』(培風館1997年)

 ◈ 安藤恒也編 シリーズ物性物理の新展開『量子効果と磁場』(丸善1995年)

 ◈ 日本物理学会編『量子力学と新技術』(培風館1987年)

⑧外部からの反応・評価について

 原著者の知名度のためもあり、この分野の書籍として、重視すべき一冊と見なされていると思う。たとえば、内海 裕洋 先生(三重大学)の「研究・教育分野」ウエブページには、参考書としてこの訳書を挙げていただいる。また、九州工業大学工学部のシラバスでは、「量子材料機能学特論」(大門 秀朗 先生)という講義の参考書の筆頭に、この訳書が挙げられている。

 

⑨この翻訳案件からの教訓

 最初に翻訳したザイマン『現代量子論の基礎』は、訳書出版を自社企画として引き受けてくれるところが無くて、自費出版に追い込まれた。しかしザゴスキン『多体系の量子論』と、この案件を、出版社側の企画出版扱いの形で出せたことにより、曲がりなりにも、翻訳出版を持続的に行うことの自信が出てきた。(当時の私の感覚では、自費出版で赤字を出さずに済むかどうか、全く未知であったわけである。)

 但し、手元の訳稿を自分でチェックして完成度を上げるという作業にはまだ慣れておらず、そのあたりの予定の立て方も、自分の中で曖昧であった。ザイマンは、訳稿準備に充分すぎる時間があったし、ザゴスキンは初刷り後、ほどなく増刷がかかって修正を施せたが、この訳書に関しては、限られた時間の制約の中でも訳稿のミスが100%自己責任に帰することを実経験として骨身に染みて感じさせられる結果になった。

◆「訳者あとがき」再録

 国内で本格的な洋書売場を設けている書店の店舗数は限られており,多くの学生や研究者は洋書を手に取って品定めができるような環境をあまり経験せずに過ごしている.優れた物理関係の洋書が刊行されたとしても,その筋の専門家のごく一部の目に触れる程度で済んでしまい,その本の存在が一般の学生にまで普く認知されることはほとんどない.物理学会誌の新著紹介欄やインターネットから得られる洋書の出版情報もそれなりに有用ではあろうが,本そのものを見ないで本の魅力を的確に把握することは難しい.優れた洋書の内容が国内で広く共有され得る知的財産となるためには,やはり翻訳書の形で出版されて,全国の書店や大学生協で容易に入手できる状態になることが不可欠ではなかろうか.訳者はお茶の水にある会社のオフィスに2年半ほど在籍したことがあるが,そのとき毎日のように神田の書店街まで足を運び,和書と同様に洋書を日常的に店頭で見るという特殊な経験をした結果,このような問題を強く意識するようになった.

 毎年多数の物理関係の洋書が刊行されるが,国内の出版社は洋書の新刊をすべて万遍なく査定してそれらが翻訳出版に値するかどうかを検討しているわけではない.また専門書の翻訳という仕事は厖大な時間を要する苛酷な精神労働であるが,それ自体が研究業績と見なされるものでもないし,専門書の販売部数は一般向けの書籍とは比較にならないくらい少ないので,訳者が受ける報酬も大したものではない.したがって専門書の翻訳の企画を熱心に出版社に持ちかけるような物好きな研究者も稀であり,優れた洋書がどんどん放置されてゆくことになる.出版年が古い原著は内容如何にかかわらず出版社から敬遠される傾向があるので,名著という評価が与えられていながら訳出されずに終わっている本も随分ある.

 本書は Y. Imry, "Introduction to Mesoscopic Physics", Oxford University Press, 1997 の全訳である.この原著が名著と言えるほどのものかどうかの判断はひとまず措くとしても,メソスコピック物理という分野の今日的な重要性と,この分野における原著者の知名度を考えると,訳出されて然るべき物理書のように思われる.内容的には必ずしも狭義のメソスコピック物理の枠だけにとらわれずに主にこの20年ほどの間に現れてきた新しい電子物性の話題を独自の観点から取捨選択してまとめた構成になっており,さながら Imry教授による「現代固体電子論」の特別講義のような趣がある.舌足らずと感じられる点も無くはないが,著者一流の見識に裏付けられたその内容は,初学者のみならず第一線の研究者にとっても参考になるのではなかろうか.

 訳者が原著に目をつけて出版社に打診を始めた時には,すでに原著が出版されてから一年以上が経過していたが,その時点で翻訳権を抑えている国内の出版社はなかった.物好きな一介の会社員の企図に応じてくれる出版社がたまたま見つかったことにより,放置しておれば訳出されずに終わったかも知れない本が,このように翻訳書の形で残ることになる.原著の序述の形式はいわゆる「教科書」型の平明なスタイルとは趣を異にしており,翻訳の対象としてなかなかの難物であったが,訳文はできるだけ読みやすく仕上げるようにしたつもりである.また訳者の目についた数式の誤りは修正し,原著では随所で省略されている ħ や e^2/π ħ など(後者はむしろ脱落と言うべきか)も訳稿ではなるべく明示しておいた.参考文献のリストにもタイプミスが散見されたので,スペルミスが疑われるものや,出版年と  volume 番号の対応が明らかに誤っている論文誌の引用などについて調査を行って必要な修正を施した(62件).しかし700件に及ぶ文献をすべて確認する余裕もなかったので,間違いがまだ残っている可能性も無いではないが,この点は御容赦いただきたい.先にも述べたように専門書の翻訳という仕事自体はあまり労を報われることのない地味な仕事であるが,この訳書が少しでも物理の研究や教育に役立ち,何らかの形で物理学の進展に資するものとなるならば幸いに思う.物理学に関心を持つ多くの学生や研究者に本書を利用していただきたいと願っている.

 最後に本書の出版にあたり世話になった(株)吉岡書店の関係者の方々と,書林かみかわの上川正二氏に御礼を申し上げたい.訳者が所属する(株)日立製作所計測器グループの職場の方々にも感謝の意を表する.

2000年6月

茨城県ひたちなか市にて                             樺 沢 宇 紀

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